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夏は謎
-120- いよいよ
実の父を、ここの亡くなったご主人、と呼ぶ皮肉な言い方が、和一郎の苦々しい気持ちを表していた。
少し遅れてついてきた丈矢少年も、しきりに裏庭のほうを気にしていた。 それで、敏美もさっさと済ませてしまったほうがいいと思い、振り返って、中で待機していた父子に声をかけた。
「谷中さん達が着きました。 もう始めます?」
「そうだね」
滋が片手を上げ、男たちは裏口に回っていった。 敏美は玄関から出て、和一郎たちと庭に向かった。
歩きながら、敏美は和一郎に尋ねた。
「木元さんのご主人は、防空壕に大事なものを入れたとおっしゃったんですか?」
和一郎は緊張した表情で、敏美にちらっと目をくれた。
「そうは言わなかった。 でもあの不精な人が、わざわざ自分で穴掘るなんて、やらないと思うよ」
「ねえ」
突然後ろから声がかかった。 予期していなかった敏美は、内心ぎょっとした。
振り向くと、チビの丈矢が、緊張のあまりふくれたような顔になって見つめていた。
「ボ……ボウクウゴーって?」
敏美はホッとして笑顔になった。
「逃げ込むトンネルよ。 戦争してたときに、敵の飛行機が爆弾落としたから」
「ああ知ってる。 爆撃したんでしょ?」
子供のほうも、敏美のやさしい答え方に肩の力が抜けたらしい。 足を速めて、和一郎と反対側から敏美に並んだ。
「うちにプラモデルあるよ。 お父さんが作ったヤツ。 B29」
「ふうん」
飛行機の型はよく知らないが、きっと爆撃機なのだろうと思い、敏美は相槌を打った。
竹やぶを抜けると、奥行きのある裏庭だった。 薄日の射す地面に、翼が屈みこんで土を植え替え用の小さなスコップで突っついていた。
すぐ傍に、シャベルを支えにした滋が立ち、周りには千登勢と、それに車椅子に乗った佐喜子までちゃんとスタンバイしていた。
女性陣は和一郎を見て、そつなく挨拶した。
「あら、いらっしゃい」
「時間ぴったりね」
「前から知りたかったから」
和一郎は咳き込むように言うと、意外なことを付け加えた。
「中にある物が気に入ったら、貰っていいことになってるんだ」
「うちの人が酔っ払ってそう言ったの?」
あまり信じないような佐喜子の問いに、和一郎はむきになった。
「ちゃんと一筆書いてくれてるよ。 ほら、見て」
そう言ってズボンのポケットから取り出した紙は四つ折りになっていて、全体的に黄ばんでいた。
「どれ」
佐喜子は手を伸ばして紙を受け取り、丁寧に開いた。 古い紙は、カサカサと乾いた音を立てた。
「ええと、『拙宅の庭に埋蔵せし物体は、谷中和一郎の所有に帰するものなり 木元直昭』
あら確かにうちの人の字だわ。 へべれけだったみたいで、ずいぶんよじれてるけど」
「じゃ、一緒に掘る?」
翼が明るい笑顔を向けた。
和一郎はちょっとためらった。 普段なら夏の最中に力仕事などしない感じだが、やがて前に進み出て、滋から大型シャベルを受け取った。
「OK、やろう」
確かに防空壕の入り口は浅かった。
若い男二人でワイワイと掘ると、一分もしない間に和一郎のシャベルの先が、コチンという硬い音を立てた。
「オッ」
「南京錠じゃない?」
二人は同時にしゃがみこんで、あやうく頭をぶつけ合うところだった。
素手で土を掻き分けると、確かに横幅十センチはある錠前が姿を現した。 錆びついて真っ赤になっている。 翼は心もとない表情で、がっちりした鉄の塊を見下ろした。
「開くかな〜」
「ボロになってるんだから、こうすれば」
と言うやいなや、和一郎はがむしゃらにシャベルを持ち上げて、錠前に思い切り振り下ろした。
「おいっ、大事な先のところが駄目になるぞ!」
滋が叫んだが、もうそのときにはシャベルの先どころか、木の柄と刃の継ぎ目からポキンと折れた後だった。
「あーあ」
滋夫妻が同時に唸るのに、和一郎の勝ち誇った声が重なった。
「割れた! ほら、壊れたよ、見事に!」
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