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夏は謎  -119- 発掘前に






 いつでも出かけられるように支度を整えておいて、敏美が食堂に戻ってくると、ちょうど翼が庭の下見から帰ってくるところに出くわした。
「ああ、おっはよ」
「オハヨ。 親父がこの辺だろうって言うところをチェックしてきた。 裏口の下駄箱からシャベルをもう一コ見つけたから、二人で掘るよ」
「すぐ見つかるといいね〜」
「うん。 和一ちゃんと小橋のチビに、九時頃来いって言ったからな〜。 早く飯食わなきゃ」


 三世代五人はにぎやかに、いり玉子やタラコ、梅干、鰹節などの入ったミニおにぎりと浅漬け、味噌汁という伝統食を取った。
 その席で、翼が美術品の保管庫のことを持ち出した。
「あのさ、台所の奥にある蔵」
「うん?」
 食事の手を止めて、滋が息子に顔を向けた。
「もっと厳重に鍵をしないとヤバイよ。 和一ちゃんがこっそり持ち出してるんだって」
「なんですって!」
 寝耳に水だったらしい。 佐喜子が目を吊り上げて金切り声を上げた。
「小橋の奥さんが言ってたんだ。 その人、夏川一恵の一人娘なんだって」
 翼が話しながら、そっと佐喜子を見ると、彼女は目を大きくして、それからぽつんと呟いた。
「梅香〔うめか〕さん……? 赤坂の一流芸妓だった?」
「たぶん、そう」
 ためらいがちの翼の口調で、佐喜子はすぐ悟った。
「じゃ、あのこそ泥は……」
「じーちゃんの孫なんだろうな」
「うわー」
 いかにも情けなさそうに、佐喜子は呻いた。




 九時少し前に、木元邸の立派な長屋門に車が二台、相次いで入ってきた。
 どちらも高級車で、小橋家のは紺色のカマロだった。 たぶん夫の好みなのだろう。
 先に砂利の音をさせて停まったのは、和一郎の車だった。 後ろの車は少し距離を開けてブレーキをかけ、助手席から少年だけを降ろすと、バックして向きを変え、出ていった。
 残された小橋丈矢少年は、ひょろっとした脚を交差させて立ったまま、スマートなシャツ姿の和一郎を、上目遣いに睨んだ。
 和一郎も、Tシャツにアーミーベストをだらりと引っかけた少年を、じろりと見つめ返した。 お互い口もきかない。
 窓からその様子を見て、敏美は内心苦笑しながら、玄関の戸を開けに行った。
「おはようございます。 庭に行く前に、冷たいものでも?」
「いや。 すぐ掘ろうよ」
 和一郎は気もそぞろな様子で、首を伸ばして裏口の方角を見た。
「ここの亡くなったご主人が、酒の入ったとき僕に言ったことがあるんだ。 一番大切な宝を庭に入れたってね」












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背景:月の歯車
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