表紙 目次 文頭 前頁 次頁
表紙

夏は謎  -118- 家は天国







 やがて佐喜子が翼の車で帰宅した。
 エンジンの音を聞きつけて、滋と千登勢夫妻、それに敏美があちこちから玄関に集まり、外に出て佐喜子を迎えた。
「おかえり、母さん。 顔色よくなったじゃないか」
「何言ってんのよ〜。 家に帰れてうれしいだけ」
 翼が車椅子を下ろし、滋が手早く組み立てて、二人で手際よく佐喜子を抱き下ろした。 佐喜子は始終にこにこして、賑やかな出迎えを喜んでいた。
「みんな揃って、なんかお祭りみたいね〜。 そうだ、もうじき夏祭りなんじゃない? うちも前は清酒を樽で寄付してたのよ〜。 覚えてる、滋?」
「覚えてるよ。 お祝儀も毎年出してたよね」
「そうそう。 あの頃はおまえの友達もしょっちゅう来て、うちは賑やかだったねぇ」
 翼が車椅子を押し、玄関に入った後も、佐喜子と滋の昔語りは続いた。


 楽しすぎて疲れたのだろう。 夕食は佐喜子の好物であるカレイとししとうの煮付けだったが、佐喜子はもう少しで食べ終わるというときに首を垂れ、居眠りを始めた。
 息子夫婦は目を見交わし、そっと車椅子を押して寝室に連れて行った。 早めの食事だったので、まだデイケアの人(その日は田中さんではなかった)は来ていなかったが、千登勢が以前世話したことがあるため、上手に寝かしつけて、すぐ客間に戻ってきた。
「頭はしっかりしてるけど、体は半年前より少し弱ったわね」
 千登勢が考え込むように呟いた。
「だからあんた達の婚約がよけい嬉しかったんでしょうね」
「これからもできるだけ毎週ここに見に来るよ」
 そう言う翼を敏美と見比べて、滋がからかうように微笑した。
「それはいいが、結婚前の一番楽しいときだろう?」
 うわ。
 ちょっと赤くなりかけた敏美と対照的に、翼は胸を張って答えた。
「まあね。 でも由宗が帰ってきたら散歩に付き合えるし、他にもいろいろ」
 千登勢がクフフッと笑った。


 その晩も、敏美は木元邸に泊まった。 普通なら、未来の姑の上にその姑までいる家は気詰まりなはずだが、どちらも下町育ちなせいかサバサバしていて裏がなく、慣れ親しんだ職場にいるより緊張しないですんだ。
 千登勢は朝食の支度を手伝う敏美を気遣ってくれた。
「午後からお仕事なんでしょ? もうじき裏庭で穴掘りが始まるから、時間がなくなるわ。 ここは私ひとりで大丈夫」
 敏美は嬉しくなった。
「じゃ、お言葉に甘えて。 ここのお皿だけは運んでおきますね」


 敏美が大きなトレイに食器をずらりと載せて台所を出ていった後、千登勢はきゅうりの浅漬けを薄切りにしながら首をかしげた。
「お言葉に甘えて、が使えるとは凄い。 伊都子さんから教わったんだろか」













表紙 目次前頁次頁
背景:月の歯車
Copyright © jiris.All Rights Reserved

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送