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夏は謎  -114- 寂しさは







 今度こそ開いた口がふさがらない翼から目を離すと、小枝子はパーッと白い煙を吐き出した。
 もう声を出すのもうっとおしい状況だったが、翼は一応訊いてみた。
「でも、名取になるのは金かかるんでしょう? 介護でそんなに儲かるのかな」
「あら、田中那美は金持ちの子よ。 ただ、親思いで、母親が倒れたとき自分で面倒見たいからって、介護の資格取ったの。 だから割と簡単にデイケアセンターに入りこめたわけ。 今人手不足だからね」
 そんないい子が、なぜ泥棒の手伝いなんかするんだ、と翼は思った。 口には出さなかったが。
 そこで翼は、はたと気づいた。 このおばさん、うまく話をはぐらかしてる。 自分たちを棚に上げて、和一ちゃんのことばかりバラしてる。
 翼は冷静になって、姿勢を正した。
「それより奥さんはどうなんです? うちのジーさんに無責任なところがあったのは認めますが、だからって無断でうちに入って、いろいろ持ち出したり庭を掘ったりするのは……」
「掘ってなんかいない」
 小枝子はしゃーしゃーと返した。 翼はムッとした。
「え? 庭が一面ボコボコでしたよ」
「あれは抜いたの」
「何を!」
 小枝子はニヤリとした。
「ボタン、それとシャクヤク」
「なんですか、それ?」
「知らない? だろうね、男だから」
 訳のわからない子供に説明するように、小枝子の話し方がゆっくりになった。
「こーんな大きな花が咲くのよ〜」
「そのぐらい知ってます」
「そう? じゃ、年に一回しか咲かないのは知ってる? すごーく綺麗なんだけど、花の時期が短いの。 だからさ、こっちの花壇に植えると、場所取るわりにはほとんど葉っぱばかりで面白くないのよ」
 花の話を長々と聞かされるこっちのほうが、よっぽど面白くない。 翼はしかめっ面になった。
「それで?」
「でも、私の大好きな花なの。 庭のあそこ、日当たりがよくて、西日は遮られて、最高の場所なのよ。 空き地にしとくの、もったいないじゃない?」
「賃貸で菜園でも借りればいいじゃないですか」
「この辺に貸し農園なんかあるわけないだろ!」
 小枝子の言葉がまた乱暴になった。


 こういう面の皮の厚いおばさんは、翼の最も苦手なタイプだ。 頑張って張り合っていても、次第に頭が痛くなってきた。
「調べたんならわかってると思いますが、あの木元の家は前から祖母の名義で、ジーさんの財産じゃないんです。 夜に庭に入ったりして、年のいった祖母をびっくりさせないでください」
「……そうだったの?」
 わかってなかったらしい。 小枝子は少しおとなしくなった。


 落ち着いてから話してみると、小枝子はガラが悪いものの、そんなに邪悪な人間ではなかった。 母親は花柳界の人で、父親を明かせない子を産むのが不思議ではない環境に育ったという。
「もっと美人だったら、私も母さんの後を継ぎたかったんだけど、この程度でしょ? 父親も綺麗だったっていうのに、悔しいよねー。
 でも、男運は良くてさ、農家のボンボンと結婚できたのよ。 それで、土地転がしとかしてたときに、うまく切り売りしてさ。 だから金には困ってないの。
 ただ、調子に乗って売りすぎて、ちょっと狭くなっちゃった。 もう少し自分たち用に残しておきゃよかった」


 なるほど。
 憎まれ口を叩いてはいるが、ほんとは父親が慕わしかったんじゃないかと、翼は気づいた。 きっと娘だと認めてほしかったのだ。 だから父親似の和一郎に近づき、庭の隅で花を育てた。 木元家の一員だと思いたかったんだ。
「じゃ、ええと、丈矢くんはもしかして、盗みはやってないんですか?」
 その言葉を聞いたとたん、小枝子の目が大きく広がった。
 その目が次第にうるんできたため、翼はたじたじとなった。









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