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夏は謎
-112- 負の遺産
午後遅くなって、日差しがだいふ傾いた頃、翼は涼しい車を降り、大きな花壇に囲まれた薄茶色の建物に向かった。
そこが、調査によれば小橋丈矢少年の現住所だった。 彼の親は兄弟で組んで、ガソリンスタンドと駐車場、それに荷物置き用コンテナスペースを運営していた。
それほど贅沢のできる仕事とは思えないが、家はたいそう立派だった。 しかも建ててから間もない感じだ。 こんないい家に住んでるガキが、なんでコソ泥なんかしてるのかな、と不審に思いながら、翼はインターフォンのボタンを押した。
二度目に、スピーカーから華やかな声が出てきた。
「はーい、どちら様?」
翼はカメラに目線を合わせ、しっかりと答えた。
「木元といいます。 お忙しいところすみません。 息子さんの丈矢くんのことでお話したいんですが」
中からの声は、少しトーンを下げた。
「ああ……ちょっと待ってくださいね。 今開けますから」
そしてすぐリモート操作で、がっしりした黒い門の右側が、内に開いた。
艶のある平石を敷き詰めた前庭を歩いていくと、凝った模様のついた玄関の扉が、スッと動いた。 中から心地よい冷風が流れ出てきて、家を丸ごと冷やしているのがわかった。
広い玄関土間から覗いたのは、どこか見覚えのある顔だった。 目が合うと、その中年女性は瞬きして、少し退いて道を開けた。
「入ってくださいな。 いま一番暑い時間帯だから、どうぞ」
「じゃ、失礼します」
一言断ってから、翼は玄関内に入った。
案内されたのは、豪華な客間だった。 若草色に染めた本革のソファに翼を座らせると、女性は尋ねた。
「ビールお飲みになる? それとも車ならアイスコーヒーでも?」
翼はためらった。
「車で来ましたから……」
「じゃ、コーヒーね」
そう言って、彼女はさっさとよく冷えたコーヒー缶とコップを二つ持ってきた。
それから、翼の斜向かいに腰を降ろし、プリント模様のゆったりしたパンツを穿いた脚を高々と組んだ。 鋭い眼が翼を見据えた。
「丈矢のことで文句言いに来たんでしょ? わかってるわよ。 昨夜も庭に行ったらしいから」
急に話し方が変わった。 ややぞんざいになり、そっけなくなった。
「でもね、もうあやまらないわよ。 あんた達がまた警察に訴えるつもりなら、こっちも黙ってないからね。 親には子供を扶養する義務があるんだから。 こっちだって訴訟を起こして、徹底的に争ってやる」
はあ?
翼は彼女の主張が半分も納得いかなかったが、加害者のくせに開き直るのが非常に感じ悪かったので、負けずに言い返した。
「待ってください。 それなら言いますが、どういう躾をしてるんですか? 真夜中にうろうろして人の家に侵入して、それで……」
「人の家じゃないわよ!」
女は激しく怒鳴り返した。
「私は結婚して小橋って姓になったけど、もとは夏川っていったの。 夏川小枝子。
あんたのおばあちゃんに訊いてごらんよ。 夏川一恵〔なつかわ かずえ〕を覚えてるかって!」
「どういうことですか!」
翼の凛とした声に、小橋小枝子は逆上した。
「何だい偉そうに、このバカ野郎! 私はあんたの叔母さんだって言ってんだよ! 木元直昭に捨てられた、実の娘!」
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