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夏は謎
-111- 泥棒の名
それから、敏美は昨夜の出来事を話した。
佐喜子は不愉快そうに顔をしかめた。
「また和一ちゃん? あの子にはうんざり。 アブみたいにうるさいんだから。
いつまでもそんなことしてるんなら、もう遺言から外そうかな」
最後の一言に、敏美は驚いて顔を上げた。
その視線を受けて、佐喜子の痩せた頬が、わずかに赤らんだ。
「うちの人は和一ちゃんが谷中の養子になってホッとしちゃって、後は忘れてたの。 だからまた、私が後始末しなくちゃと思って。
だってやっぱり可哀相でしょう? 翼があんなに恵まれてるのに、和一ちゃんに何にもないのは」
「はい、終わりました。 ご気分どうですか?」
マッサージ師がにこやかに問いかけたので、話に夢中になっていた佐喜子と敏美は、はっとして同時に目を上げた。
「あ……気持ちよかったわ〜ありがとう」
「それじゃ失礼します」
彼が道具をまとめて出ていった後、二人は話を再開した。
「ただ、和一郎さんは小さな泥棒を捕まえたほうなんです。 前に木元さん家に入りこんだ中学生」
「ああ、あのチビね」
佐喜子はますますうんざりした。
「うちは泥棒の遊園地なのかしら」
「もう折れた脚はよくなってたらしいです」
「ひびが入ってただけだったんですって。 大げさに騒いだのよ」
「嘘つきですね。 なんて名前でした? これからもしょっちゅう入ってこられたら困るから、ちゃんと注意しないと」
思い出そうとして、佐喜子は眉間に皺を作った。
「えーとね、こ……小橋丈矢〔こはし たけや〕よ、確か。 たけやっていう字を、眼鏡かけてなかったから、丈夫という字と間違えたの覚えてる」
小橋?
敏美は妙な気持ちになった。 それほど多い苗字ではない。 顧客だった小橋夫人、踊りの会で偶然に出会った小橋小枝子と、なにか関係があるのだろうか?
ケアホームから出たところで、敏美は翼に連絡した。
電話に出た翼は、チビ犯人の名前を聞くとすぐ、調べて行ってみると言った。
「グーちゃんがホームに入ったと話したら、上役が早退を許してくれた。 来週残業するっていう条件付きだけど。
だから、これから行くよ」
「気をつけて」
敏美は心配になった。
「子供が泥棒してる家なら、両親もコワイ人かもしれない」
「うん。 用心する。 でも、言うことは言っとかないと」
「そうだよね」
ちょっと不安だったが、まだ仕事が残っていて敏美には何もできない。 翼の外交力を信じることにして、スクーターの置いてある駐車場に向かった。
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