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夏は謎  -110- 掘る準備






 翼は出勤前で、もう起きていた。
「えー? 昨夜に二人も庭に入っちゃったの? あいつらホントにどうなってるんだ」
「それで、母さんと話したんだが」
 滋が話す推理を、翼はしばらく黙って聞いた。
 それから、慎重に返事した。
「お父さんたちの考え、合ってるかもな。 でも、もう戦争から七十年近く経ってるだろ? 何隠してたって、もうボロボロじゃないの?」
「そもそも、何か隠してるって証拠もないしな」
 滋も同意した。
「第一、秘密があるんなら真っ先に僕に話したと思うんだよ。 親父と喧嘩したことないし、けっこう可愛がってくれてたんだから」
「そりゃそうだよな。 一人息子だもの。 つまり、正式にはってことだけど」
 それを聞いて、滋はフッと笑った。
「まったくだ。 知らない兄弟がいて、街ですれちがってるかもしれないと思うと、妙な気分だよ。
 ともかく、こっちが先に防空壕を見つけたほうがいいな、お母さんの許可取って。 さもないと、いつまでも庭に侵入されて厄介だ」
「でも、父さんたち今日の午後には静岡に帰るんだろう?」
「明日まで休み取るよ。 またここまで出かけてくるのは大変だ」
「じゃ、今日の夕方に探す? それしか時間ないし」
「頼むよ。 僕も手伝うから」


 電話を置きながら、翼は考えた。 これまで祖父と父はまったく違う性格だと思っていたが、初めて似たところを見つけたという気がした。
 滋はわくわくした声を出していた。 きっと宝捜ししたくてたまらないのだろう。 そういう少年っぽい気質が、真面目一方の父にも隠れていたかと思うと、翼はこそばゆいような感じになって、思わず苦笑していた。




 翼から午後に電話を貰って話した後、敏美はまだ空いている由宗の時間を使って、佐喜子に会いに行った。
 設備の整った明るい部屋で、佐喜子はマッサージを受けていた。 気持ちよさそうに目を閉じていたにもかかわらず、敏美が部屋に入っていくと、飛び起きんばかりにして不満を訴えた。
「ここ、いいのよ。 夜中にも見回ってくれるし、安心なんだけど、やっぱり落ち着かないの。 早くうちへ帰りたいわ〜」
 敏美はすぐ傍に行って、差し伸べられた細い手を取った。
「帰れそうですよ。 うまく行けば今週中に」
「えっ? 本当?」
 佐喜子の顔に、ぱっと喜色が広がった。
「庭に入りこむ人たちが何を探してるか、わかったらしいんです。 戦争中の防空壕を見つけようとしてたみたいで」
「防空壕?」
 佐喜子は呟き、いぶかしげな顔になった。
「そういえば、あの辺りにあったわね。 すっかり忘れてたわ」
「「それで、少し掘って探してもいいですかって、翼のご両親が」
「もちろんかまいませんよ」
 佐喜子はまだ納得のいかない表情をしていた。
「どこ掘っても文句は言わないけれど、ただの真四角の地下室よ。 面白いことなんか、何もないんだから」







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