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夏は謎
-105- 感謝の印
「なんで私に?」
しゃがれた声で、それだけ訊けた。
千登勢はまっすぐ敏美を見て、はっきりと答えた。
「恩返し。 それと、慰謝料。
伊都子さんは意地でも受け取らないでしょうから、結婚して娘さんができたらその人に、できなかったら女のお孫さんに、残すことになってたの」
女限定なのか……。
なぜか敏美は笑いたくなった。 人生を謳歌して、女性が大好きだったという直昭氏らしいと思った。
「そんな遺言、有効なんですか?」
「ええ。 それに、あなたが二十五歳になったらという但し書つきだったの。 だからお義母さんは、あなたに知らせる前に会ってみたかったんですって。 そしたら気に入っちゃってね、翼があなたを好きになったときは喜んでたし、婚約したと聞いたときはもっと大騒ぎで、うちにすぐ電話かけてきたのよ」
敏美は、どう反応していいのかわからなくなった。 財産を貰えるのが嬉しくないと言ったら嘘になる。 だが、得体の知れないもやもやが、幾つか胸に渦巻いた。
その内のひとつは次第にはっきりしてきたので、思い切って千登勢に尋ねた。
「あの、和一郎さんはその遺言のこと、知ってます?」
千登勢は怪訝〔けげん〕な顔になった。
「知らないはずだけど? 和一ちゃんがなんか仄めかしたの?」
「いえ、でも、知ってたとしたら、わかるんです」
敏美は苦々しい気持ちで呟いた。
「私に特別に優しかったわけが」
「それは」
きょとんとした表情をして、千登勢は断言した。
「あなたがかわいいからだと思うよ」
敏美は遺産の金額を訊かなかった。 相当なものだというのは、聞かなくても想像できる。 翼はその金で家を建てたのだから。
二人でビールをトレイに載せて客間に戻ると、待ちかねていた男連中に大歓迎された。
プルトップを開ける音が響く中、和一郎はまだこの屋敷に泊まりたいと、うだうだ言っていた。
「いいじゃない。 おばさんの私室には入らないし、他の部屋もきれいに使うって誓うよ。 まあ、客はたくさん呼びたいけどね」
「一応お袋に聞いてみるよ。 駄目と言うだろうが」
滋が、やや冷たい調子で答えた。
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