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夏は謎  -101- 初対面で






 これは敏美一人の手には余る。 ちょっと待って、私はただの留守番だから、と和一郎にことわってから、敏美は急いで携帯を翼にかけた。


 翼はすぐに出た。 入所がとどこおりなく終わって、これから帰ろうとしていたところだったという。
「なんだ? 和一ちゃんが押しかけてきたの? それはたぶん、知ってたんだよ。 グーちゃんが留守にするのわかったから、いいチャンスだと飛びついてきたんだ」
 あいまいに返事しながら、敏美も心の中でうなずいた。 その通りだと思う。 だが、和一郎はどうやって佐喜子の外泊を知ったのか? まさかずっと見張りをつけていたとか?
「すぐ戻る。 三十分ぐらいで。 それまで何げに見張ってて。
 あっと、親たち来た?」
「まだ」
「もうじきだと思うから、和一ちゃんと一緒にしといて。 俺が戻るまでガードになると思うよ」
「わかった」
 あっちにもこっちにも気を遣わなくちゃいけない。 体だけでなく頭も疲れる。 敏美は溜息を押しころして和一郎を客間に通し、冷えた麦茶とケーキを出した。
「お、気配りがいいねえ。 いい奥さんになれるよ」
「これから翼のご両親が来るの。 だから準備してたんです」
 敏美が教えると、和一郎は一瞬顔を強ばらせた。
「ここへ? やっぱりおばさんのことを心配して? でも二人とも仕事あるから、ずっとここにいるわけにはいかないよね。 それができたらホームには入らないでいいはずだし」
 うんうん、と一人で納得して、和一郎はリラックスした様子で椅子にかけ直した。


 十五分ほど和一郎と雑談していると、また玄関ベルが鳴った。 和一郎をもてあましていた敏美は、飛ぶように立ち上がって戸口へ急いだ。
 今度こそ翼の両親だった。 父親のほうは細かいチェックのポロシャツで、母は涼しげなブルーの上下にレースのボレロを重ねて、日傘を持っていた。
 引き戸を開けた敏美と目が合うと、母親がニコッと笑った。 とても自然な感じで、しかも陽気な口元が翼そっくりだった。
 反射的に、敏美も笑顔になった。 父親のほうが、小さく咳払いして声を出した。
「翼の父です。 木元滋〔しげる〕」
「私は千登勢〔ちとせ〕。 初めまして」
 すぐ母も続いた。
 敏美は二人に頭を下げ、心から明るく挨拶した。
「初めまして。 菅原敏美です!」









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