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夏は謎  -100- 親の前に






 両親は午前中に来るという。 佐喜子の入所は十時ごろにしてくれと言われたので、翼は九時には家を出る予定にしていた。
「親たち、この家の鍵は持ってないんだよ。 だから二人が来たら、家に入れるだけ入れてやって。 敏美は午後から仕事あるのに、ほんと悪いな」
 うわー緊張する、と悩みながらも、敏美は笑顔でうなずいた。


 第一印象はあなどれない。 大事な翼の両親には、やはりいい嫁になりそうだという好感度を高めておきたい。
 敏美は佐喜子が車に乗るのを助け、お互いに手を振って別れた後、新たな目で玄関周りを念入りに見渡した。 そして結論を下した。
 やはり草ぼうぼうでサエてない。
 大きな枝切鋏などは、庭外れにある例の道具小屋にあるらしいが、小さな剪定鋏と雑草抜きの熊手は玄関の靴箱の中にかけてあった。
 それを持って、敏美は玄関先に出ると、気合を入れて門から清掃を始めた。


 汗だくになったものの、前庭は見違えるようにさっぱり綺麗になった。 敏美は、改装して使いやすい浴室でシャワーを浴びた後、持ち込んだ服の中で一番おとなしい(といっても選択肢は二枚しかなかったが)ロングTシャツと膝下丈のスパッツを着た。 それから、佐喜子に教えてもらった通り冷蔵庫に入っていた水羊羹とチーズケーキを探して、いつでも出せるようにしておき、麦茶を作った。
 十時半近くになって、ベルが鳴った。 敏美は急いで玄関に下りて扉を開けた。


 外に立っていたのは、中年夫妻ではなかった。 すらりと背が高く、いかにも上等そうなシャリ感のあるポロシャツの肩にサマージャケットを軽く引っ掛けたその姿は、まぎれもなく谷中和一郎のものだった。
 虚を突かれて、敏美は思わず目を見張った。
「あ、こんにちは」
 和一郎のほうも驚いた様子で、敏美の顔をまじまじと見た。
「あれ、今日日曜だけど? ここに来てたんだ?」
「ええ、あの」
 敏美が困っている横をすり抜けるようにして、和一郎はさっさと中に入ってきた。
「翼もいるの? おばさんにちょっと話があってね」
「木元さんはお留守ですが」
 和一郎の足がピタッと止まった。
「留守?」
「はい、少しの間ケアホームに入ることになって」
 敏美の返事に、和一郎は驚かなかった。
「そうか。 もうそろそろだよね」
「いえ、ちがいます」
 ちょっとむきになって敏美は反論した。
「おとといの夜、庭に何人も男が入り込んで、掘り返していったんです。 ここは広すぎて、警備にも限界があるから、安全だとわかるまでは他所へ行ってるほうがいいと」
「その通り。 広すぎるよ、ここは一人暮らしには」
 そう言いながら、和一郎は薄暗い玄関と廊下をぐるっと見渡した。
「おまけに、その一人がホームへ逃げるとなったら、ここは無人になるわけでしょう? もういいようにワルに使われちゃいそうだ。
 ここには留守番が必要だ。 僕が泊まってあげたほうがいいかな。 そろそろマンションは飽きてきたしね」








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背景:月の歯車
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