表紙 目次 文頭 前頁 次頁
表紙

夏は謎  -99- 親の訪問






 上がってきて部屋を覗いたのは、介護員の田中さんだった。
「こんばんは。 あら、今日もお孫さんと一緒? お幸せですね〜木元さん」
 複雑な気持ちで、敏美は佐喜子と目を見合わせた。 佐喜子はそつなく微笑んで、田中に礼を言った。
「おかげさまで。 でもねえ、今日はちょっと訳があるのよ。 また泥棒みたいなのに入られちゃってね」
 田中は戸口で張り付いたように止まった。 目が真ん丸になっていた。
「えーっ? この家にてすか?」
「正確に言うと家じゃないの。 庭よ。 勝手に地面掘り返してねぇ。 私がちゃんと住んでるっていうのに」
 あきれて、田中は首を左右に振った。 それから、扉を開いたままなのに気づいて中に入り、そっと閉めた。
「その地面のところに何かあるんですか? たとえば地下の野菜倉庫みたいな」
「ないわよ。 ただの雑草だらけの塀際。 ああ、地上には古い小屋があって、それも泥棒が勝手に使ってたけど」
「何なんでしょうねー。 ぶっそうな話だわ」
 わりと事務的な感じがする田中だが、今日は珍しく不安げな様子だった。 似たような経験があったのかもしれない。


 その晩も、敏美は翼と共に木元邸へ泊まった。 ケアホームの予約が思ったより早く取れたため、翌日日曜日に翼の実家へ行く計画は、また流れてしまったが、敏美は内心少しホッとしていた。 こんなにあたふたした時期に、落ち着いて翼の両親に挨拶できる自信がなかったのだ。
 そのことを知らせるために、翼は佐喜子が寝て敏美と二人になると、すぐ実家に電話をかけた。
「母さん? 今日帰るのを明日に伸ばすって言ったけど、ちょっと行けなくなっちゃったんだ。 わるい。
 え? 実はグーちゃんがね」
 そこから詳しい説明が続き、間もなく翼がすっとんきょうな声を上げた。
「えー、こっち来るの? ちがうよ、いやじゃない。 ただ、九時半にグーちゃんをホームに送るから、迎えには行けないよ」
 敏美は思わず背筋を伸ばした。 一度緩んだ緊張が、倍になって戻ってきた。
「うん、明日は日曜だからね。 父さんも来る? うん、グーちゃんが心配なのはよくわかるよ。 今? もう寝た」
 携帯を切った後、翼は複雑な顔をして敏美を見た。
「二人そろって電車乗って来るって。 それはいいんだが、来るんなら今日の朝に来てほしかったな。 明日じゃ気ぜわしいじゃない。 入所手続きとか何とかさ。 緊急だから書類は月曜日以降でいいって言ってくれてるけど」








表紙 目次前頁次頁
背景:月の歯車
Copyright © jiris.All Rights Reserved

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送