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夏は謎  -98- 今のまま






 一生懸命話してくれる佐喜子には悪いが、敏美には戦争や空襲はあまりにも遠い出来事で、実感が全然わかないし、よく理解できなかった。
「その防空壕って、今でいうシェルターです?」
 シェルター? と訊き返して、佐喜子は眉を寄せた。
「英語はわかんないわよ〜。 目が疲れるからあんまりテレビ見ないし、私、尋常しか出てないもの」
 じんじょうって何? 今度は敏美が目を白黒させる番だった。


 夕方になって、佐喜子と敏美が肉じゃがを作る準備をしていると、翼が意気揚々と帰ってきた。 気が利くのか、それとも自分が食べたかったのか、デパ地下で買った上等な駅弁を四つぶら下げていた。
「いいとこ見つけたよ〜。 部屋が広くて庭もきれいだし、係の人も丁寧で感じがいいんだ。 入ってる人の顔が明るいから、あれは本物だよ」
「そんなに長く行く気はないから。 ほんのホテル代わりだからね」
 佐喜子がきっぱりと釘を指したので、翼は笑い出した。
「あったり前だよ。 グーちゃんはずっとこの思い出の家に住むんだろ? 意思は尊重するよ。
 だけど、ちょっとだけ留守にしてる間に、この家少し修理しようよ。 警備を厳重にするだけじゃなく、庭もヤバイから要らない小屋は取っぱらって、悪い奴に使われないようにしなきゃ」
 佐喜子はそっぽを向いた。 顔が曇ったのに気づいて、敏美は原因を悟った。 伊都子がよく言っていることを思い出したからだ。
『年を取るとねえ、新しいことにはなかなかなじめないのよ。 だから部屋の模様替えはしないでね。 朝起きたとき、きっと不安になるから』
「補強するだけでしょう? 変えたりしないよね?」
 敏美がそっとなだめるように言うと、悟りの早い翼はすぐ気づいて、大きく首を前後に振った。
「それも大丈夫。 床がギシギシいうのとか、そういうところを直すだけだよ」
「あ、それなら二階の廊下の天井がシミになってるの。 雨が漏ってるかもしれないから、大工さんに見てもらって」
 佐喜子はとたんに機嫌を直した。


 翼が見つけてきた施設には、緊急の際だからできるだけ早く、日曜日だといっても翌日に行くことにした。 三人が相談しながら、ガヤガヤと早めの夕食を取っていると、玄関でベルが鳴り、誰かが挨拶しながら廊下に上がってきた。








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背景:月の歯車
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