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夏は謎  -96- 侵入の跡






 もう三人とも眠るどころではなくなった。 八畳ほどの佐喜子の寝室に固まって、煌々と灯りをつけ、興奮した口調で語り合った。
「裏の塀際に大きな穴掘ってた。 こんな真夜中にだぜ」
「照明つけないで、見えたのかな?」
 敏美が訊くと、翼は首をかしげた。
「どうかなー。 けっこう広い面積だった。 この部屋の倍ぐらい。 いや、もっと広いかも」
「いったい何してたのよ……」
 ベッドの上で佐喜子がうなだれた。 ひどく疲れた表情になっていた。
「ひょっとして何か埋まってた? 宝捜し?」
「バカなこと言うんじゃないの」
 佐喜子は一笑にふした。 翼も首をすくめて笑った。
「そうだよな〜、ジーちゃんがわざわざ深い穴掘って宝を埋めるはずないもんな。 若い頃、コーヒー豆を挽くのが面倒で、わざわざそれだけのために係を雇ったんだろ?」
「そうよ。 嫌なことはとことんやらなかった。 でも好きなことは凝りまくってね」
「手のかかるじーさんだった」
 口には出さなかったが、二人の会話を聞きながら、敏美は宝よりずっと不吉なことを考えていた。 手入れされていない広大な庭の隅にこっそり埋めたいものといえば……まさか、死体とか……?


 翌日は土曜日で、午後から翼と敏美が彼の実家へ挨拶に行くはずの日だった。
 だが、こんな騒ぎが起きては木元邸を離れるわけにはいかない。 日曜の午前に伸ばすことにして、翼が母親に電話をかけた。
 その様子を小耳に挟みながら、敏美は手早く出かける支度をした。 午前中はいつも通り仕事があるのだ。
 翼と二人で朝食を作り、遠慮する佐喜子の着替えを手伝い、部屋を片付け、てんてこまいの忙しさだった。 それでも時間に遅れずに家を出て、なおかつ裏庭の様子を覗きにいく余裕があった。
 八時前だが、警官と鑑識は既に庭に入って、痕跡をいろいろ調べていた。 翼の観察した通り、テニスコートぐらいの平地がでこぼこになっている。 周りのやわらかい地面を踏み荒らした跡もあった。
 何が起きたのか詳しく知りたい気持ちに後ろ髪を引かれながらも、敏美は仕方なく宮坂ペットセンターの店にスクーターを飛ばした。


 昼食用にウナギとトンカツと幕の内との三種類の弁当を買って、敏美はできるだけ早く木元邸に戻っていった。
 もう警察は引き上げていた。 だから、敏美は着替えも惜しんで、車を玄関脇に横付けすると、すぐ庭の奥に飛んでいった。
 よく晴れた日で、庭にはさんさんと太陽の光が当たっていた。 そのせいで掘り起こされた土はずいぶん乾き、一部は白く変わっていた。
 敏美は道具小屋に近寄り、小窓から中を覗いてみた。 壁には四段の棚が取り付けてあったが、最上段を除いてみんな空っぽになっていて、うっすら積もった埃の中に、四角い跡が幾つも残っていた。









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背景:月の歯車
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