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夏は謎  -94- その夜に






「なんか音がするの。 それもあちこちで。 竹やぶや、窓の外や、時には家の中でまで」
 佐喜子はそこで、くしゃっと顔をしかめた。
「風のせいだと翼は言うけど、全然吹いていないときでも聞こえるのよ。 いやねえ、この年になると何でも気のせい気の迷いだって片付けられちゃうんだから」
「私は信じます」
 敏美はきっぱりと言った。 そして、前に裏門からこそこそ逃げていった人間がいることを佐喜子に話した。
「あのときお知らせすればよかったですね。 ただ、姿をはっきり見たわけじゃないし、由宗クンも吠えなかったんで」
「そう、吠えないのよ、あの子。 普段はちゃんと番犬するのに。
 だから私、もしかしたら和一ちゃんじゃないかと思ってね。 由宗がとてもなついてるでしょう?」


 二人の目が合った。 どちらも同じことを考えていたのだ。
「由宗クンがいないと、ますます入り込みやすいですね。 今日は表門を閉めて、裏木戸に鍵をかけて帰りましょうか?」
「ありがとう。 でもね、ケアマネージャーさんが来る」
 そうか……。 敏美は決心した。
「警報やなんかの工事は、いつ始まります?」
「ええと、月曜日」
「今夜と明日が危険ですね」
「そうだけど……」
「私、ここに来ていいですか? 寝袋持ってきますから」
「だめよそんな!」
 仰天して、佐喜子は声を張り上げた。
「あなた翼の大切な人だし、伊都子さんの大事なお孫じゃない! こんなおばあちゃんのために危ない目に遭ったら駄目よ!」
「今のところ、木元さんを眠らせようとしただけだから、暴力で襲ってきたりしないでしょう」
「わからないわよ〜。 居直り強盗っていうのもあるんだし」
「じゃ、やっぱり翼も呼ぶのどうです? 三人だと楽しくないですか?」
「まあ……ね」


 結局、心細かった佐喜子は一転して、孫と婚約者を泊まらせることにした。 顔が緩んでうきうきしている。 心からホッとした雰囲気が感じ取れた。


 翼に連絡すると、二つ返事でオーケーだった。 夏だから和室に敷布団だけ敷いて、あとは上掛けかタオルでもあれば眠れる、と彼は言い、とりあえずエアベッドを二台買って持っていくと約束した。




 部活の合宿みたいなノリになった。 佐喜子の寝室の隣にある八畳のフローリングの部屋で、紺色とスカイブルーのエアベッドを膨らませていると、覗きに来た佐喜子が戸口で物分りのいい目くばせを送ってきた。
「同じ部屋でいいわね? もう婚約してるんだもの、固いことは言わないわ」
 でも実際は何もしなかった。 手を握り合って一度キスしたぐらいで、翼は疲れていたらしく、すぐ寝込んだ。
 すぐ隣に佐喜子がいるのだから、そう大胆なことは出来ない。 敏美はおとなしく横たわって、しばらく耳をそばだてていたが、聞こえるのは翼の寝息と、たまに隣室の佐喜子の空咳だけだった。


 しかし真夜中に、敏美は何かの刺激でパチッと目を覚ました。
 緊張して眠りが浅かったのだろう。 普段なら聞き取れないほどの小さいざわめきに、敏感に反応したのだ。











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