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夏は謎
-89- 祖母の案
バーベキューは大成功だった。
激しい夕立のおかげで、燃料になかなか火がつかなかったのはご愛嬌だが、その他はうまく行った。 気温が下がって庭は涼しく、この夜のために翼が買い込んだ屋根付きのラブ・スイング(二人掛けのぶらんこ椅子)も、雰囲気が出てなかなかよかった。
そのまま盛り上がって、翼の家に泊まることになった。 だから朝御飯も二人で食べることとなり、彼の家庭願望の火に油をそそいでしまった。
「これ! こういうの一緒にできる人、ずっと探してたんだ」
「ずっと?」
レタスにトマト、ハムを載せてオープンサンドを作る手を休めずに、敏美は尋ねた。 昨夜のビールのせいか、感情表現が大げさだな〜と思いながら。
だが翼は真剣だった。
「そうだよ。 だからGFは誰もこの家に入れてないって言ったじゃない。 オレにだって一人か二人は元カノがいたんだよ」
もっといたはずだ、と敏美はにらんだ。 付き合った人は二、三人でも、翼に近づきたいと願った女の子は少なくないだろう。
そう思うと、彼に好きになってもらえた自分の幸運が、身にしみた。 無意識にニヤけそうになって、窓の外の景色に視線をそらしていると、翼はブラックコーヒーのカップを手に持ったまま力説した。
「だって本当だって。 高校の卒業アルバムに、将来の夢は『暖かい家庭』って書いたんだから。 今でもそのアルバム持ってるよ。 見る?」
腰を浮かして、彼はサイドボードのところへ行った。
鏡面仕上げになったボードのトップに、袋やバインダーが積み重ねて置いてあった。 それを見た翼は、気を変えてその重なりをごっそり抱え、くるっと回って戻ってきた。
「そうだ、これ、グーちゃんのバースディプレゼントなんだけど、大事な書類まで入れちゃってるんだ。 木元の家の権利書とか」
そうか、緊急避難か──敏美は佐喜子の思いつきに感心した。 誕生祝にかこつけて、知らない間に薬を飲まされるような危険な家から、盗まれたら大変な書類をうまく送り出したのだ。
「日本の宅配は信用できるからね」
「それにしても大胆だよな。 ダンボールの箱にこんなに放り込んであったんだよ」
翼は重々しく首を振った。
前はTシャツだったが、今度は細かいチェックのサマーシャツを貸してもらった。 男物だと職場の連中にばれるのは、覚悟の上だ。 翼が盛んに望むような早めの同棲は無理としても、週末に泊まるぐらいは楽しそうだ。 服やバッグをいくつかと、ちょっとした身の回り品を、そのうち持っていこう。
電車で通勤する翼と連れ立って駅に行き、ホームで別れて職場に向かった。 予定が決まっていたので、スクーターは前日にそこの駐車場に置いてあった。
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