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夏は謎
-88- 金の行方
佐喜子は考え深そうに爪を見つめながら、穏やかに言った。
「うちの人は考えたのよね。 和一ちゃんには大金を渡さないほうがいいって。
あの子は押さえが効かないの。 お金が入れば、あっという間に贅沢に染まっちゃって、当たり前になる。 だから、せっかくの才能を伸ばさないで終わるって」
ああ…… それならわかる。
和一郎さんの踊りは凄いらしい。 自らも若い頃は非常にうまかったという佐喜子が、あんなに感動するぐらいだから。
生前に踊りが大好きだった直昭氏は、隠し子の才能を見抜いて喜んだろう。 ぜひ大成させたいと願ったはずだ。 そのために心を鬼にして、財産を継がせないという決断をしたのだ。
「でも、和一ちゃんは不満たらたらよ。 親の心子知らずね」
「やっぱりお金は欲しいですよね。 それに、悔しいし。 翼のほうが可愛がられてるって思って」
「和一ちゃんには残念だけど、それは本当」
佐喜子はあっさり認めた。
「なんといっても翼は初孫だもの。 おまけにあの子は小さいときから気立てが良くてね、典型的なジジババ・キラー」
珍しく英語を使って、佐喜子はにやりとした。
佐喜子の予言は当たり、二十分ほどで猛烈な雨はピタリと止んだ。 まだ重く垂れ下がった枝から名残の雨粒がしたたり落ちるうちに、敏美は待ちかねた由宗の首輪にリードをつけ、気温が下がって爽やかになった表通りに出ていった。
その晩の七時、自分の部屋で出かける支度をしながら、敏美は切れ切れに和一郎と翼のことを考えた。
そっくりの顔をした二人の若者。 一人は両親が揃い、祖父母にも大切にされて、すくすくと育った。
もう一人は父親に認められず、生まれながらにハンデを背負った。
さらに、翼は祖父母の両方から財産を受け継ぐのに、和一郎は何も貰えない。 実の父親からさえ。
これではあまりにも不公平な気がする。 和一郎がひがんで当たり前だ。
敏美は、彼が気の毒だと思う以上に、不安になった。 嫉妬は強い感情だ。 いつか和一郎がキレて、翼に襲いかかったりしないだろうか……。
そうこうしているうちに、小さな玄関から弾むようなブザーの音が聞こえた。
翼だ!
和一郎の心配は、パッと頭から飛んだ。 敏美は素早くバッグを掴んで、羽が生えたように軽く身をひるがえして、玄関へ走った。
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