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夏は謎
-86- 夕立の中
翌日は朝早くからカンカン照りだった。
午前中でもう気温が三十度を越えた。 暑すぎる。 地上から凄い勢いで蒸気が立ち昇っているにちがいない。
敏美は昼食後にスクーターを出したとき、入道雲が空の彼方にむくむくと盛り上がっているのを見て、不安が的中したのを悟った。
これはまちがいなく夕立になる。 上空が暗くなりかけているから、まずくすると後数時間でどしゃ降りになるかもしれない。
この仕事をしていて何が困ると言って、悪天候が一番だ。 小動物や猫の世話もたまにするが、メインは犬。 犬といえば戸外の散歩がつきものなのだ。
それに今日はもう一つ、重要な戸外行事があった。 翼の家で、二人だけのバーベキュー・パーティーだ。 夜まで大雨が続いたら、せっかくのお祝いが駄目になる。 やきもきしながら、午後最初の仕事先でゴールデンレトリーバーのアンナちゃんが待つマンションへ向かった。
そこは例外的に雨の心配は要らなかった。 ペット飼い専用マンションで、屋根つき屋上の半分を無料ドッグランとして開放しているからだ。
アンナと一緒に、彼女のお気に入りの玩具を持ってエレベーターで上がって、他の犬たちとも合流して遊ぶこと四十分。 いつもなら半時間程度走り回ってから、気分転換のため外にも行くのだが、その日は途中で雨が降り出した。
アンナを部屋に帰した後、敏美は用意したレインコートを着込んでスクーターに乗った。 前が見えるようフードに透明ビニールを張ってあるが、雨がどんどん激しくなるため、雨粒のしぶきと体から出る蒸気で目の前が曇った。
しかたなく、超安全運転を心がけた。 だから木元家にたどり着いたとき、時計は二時を回ってしまい、七分を指していた。
中では、佐喜子が廊下まで出てきて迎えてくれた。 心配していたらしい。
「夕立? 夕立のせい? よかったー、また和一ちゃんに引き止められたんじゃないかと思った」
「いえ、今日は会ってないです」
「たしか火曜か水曜はお稽古が休みなのよ。 どっちか忘れちゃったけど。 だからよく町をうろうろしてるの」
そう言いながら、佐喜子は敏美にタオルを渡してくれた。
「ああいう小さな車で来ると大変ね。 自動車なら濡れないけど」
由宗も喜んで出迎えに来たが、激しい降りの戸外に出るのは明らかに嫌がっていた。 それを見て、佐喜子は喜んで敏美を引き止めた。
「先にこの子を食べさせて、私たちもお茶にしましょうよ。 もうじき雨は止むでしょうから」
「そうですね……」
根が真面目な敏美は、仕事を後回しにするのに気が引けた。 でも佐喜子は構わず、敏美の腕を軽く叩いてうながした。
「支度するわね。 昨日の電話のことで、ちょっと話したいし」
顔は笑っていたが、声が妙に真剣だった。
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