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夏は謎  -85- 誕生会だ





 気分を直して、敏美は翌日翼のために誕生祝をしたいと申し出た。
「プレゼントがすごくフツーだから、どっかで軽く食事会しない? おごるよー」
「わおー」
 たちまち翼の声が倍は明るくなった。 とても素直な人だ。
「じゃ、条件つけていい?」
「もちろん。 主役は君だし」
「うーん」
 少し悩んだ後、翼は突然ひらめいた。
「そうだ、新しい家に移ってから、ずっと憧れてたことがあったんだ」
「なに?」
「おうちバーベキュー」


 ええ?
 意外な答えに、敏美はきょとんとなった。
「バーベキュー?」
「うん、庭に煉瓦の台作ってある。 焼き網も買ったんだけど、まだ一度も使ってない」
 はあ、そういうのに憧れる人だったんだ──翼って思った以上に家庭的な性格なんだと、敏美は嬉しくなった。 顔は似てても、遊び好きな和一郎とは全然違うんだ。
「いいよー、何買ってく?」
「肉! それと、とうもろこし、パプリカ、ピーマンでもいいな……」
 ふたりは、思いつく限りの食材を替わる替わる並べたてた。
「おし、二人で行って好きなの買おうぜ。 そこから楽しまなくちゃ。 明日車で迎えに行くよ」
「なんかいい〜、キャンプみたいで」
「おうちキャンプか〜」
 本当に出かけないからちょっとセコいが、家で予行演習して、そのうち実際に行ってみたいと、敏美は思った。 一緒に行ったら楽しい人が、ようやく現れたのだから。


 電話を切る前に、翼は真剣な口調で念を押した。
「グーちゃんの言うとおり、和一ちゃんには用心しような」
「そうだね」
「ただ、急に冷たくしないほうがいい。 勘がいいんだ、昔から」
「わかった」
 さりげに距離を取るのか。 なかなか難しそうだった。




 その晩は、とても幸せな夢を見た。
 朝起きたときには、残念ながらもう覚えていなかったが、楽しい気分の余韻が午前中ずっと続いた。
 ただ、一つだけ心の奥に引っかかっている翼の言葉があった。
 和一郎に気をつけてと言った後、彼はこう付け加えたのだ。
「でも、ほんとのこと言うと、和一ちゃんだけ悪者にするのもなんかなーって気はするんだよ」
 それは翼には珍しく、湿った自信のない口調だった。











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