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夏は謎  -84- 強い疑惑





 敏美は一瞬言葉を失った。
 どう返事していいかわからないでいると、佐喜子は咳払いして、声を低くした。
「これまでも話したかったんだけど、口に出しにくくてね。 だって陰口叩いてるみたいでしょう? うちの人の隠し子だからって、意地悪してるみたいで」
「あの」
 どう考えたものか悩みながら、敏美は慎重に訊いた。
「どういうところが信用できないんです?」
「一番はね、平気で嘘つくところ」
 ためらいなく、佐喜子は答えた。
「それに、お金が大好きなところね。 お金そのものっていうより、贅沢〔ぜいたく〕が好きなんだと思うけど」
 確かにどちらも敏美が好きになれる性格ではなかった。
「金遣いの荒い人って、あんまり好きじゃないです」
「そうよね〜」
 敏美の反応に安心したらしく、佐喜子の声が華やいだ。


 明日また伺います、と挨拶して電話を切った後、敏美は考えに沈んだ。
 なぜこの日に、佐喜子は慌てて電話をかけてきたのだろう。 明日になれば会えるのだから、そのときだってよかったはずなのに。
 思い当たることは、一つしかなかった。 あの睡眠薬騒ぎだ。
 やはり犯人は和一郎だと、佐喜子は信じているのだろう。 翼や敏美でさえ、そう疑ったぐらいだから。
 たしか前にテレビの外国ドラマで見たなあ、と敏美は考えついた。 毎日飲む薬に、溶けない毒を入れておく。 その毒は下に沈み、最後の一服に全部入ってしまって、金持ちの奥さんを死なせるのだ。
 佐喜子さんは水薬を常用してるだろうか。 それとも、医者に処方された薬の中身をこっそり誰かがすりかえたのだろうか。
「冷蔵庫の食品に入れるって手もあるけど、それじゃ私や翼も食べるかもしれないし」
 その点、薬に細工するなら六日以上前でもできるし、飲むのは確実に佐喜子だけだ。 彼女もそこに気づいたのかもしれない。
 興奮して独り言を呟いた後、スクーターの上で体を傾け続けて膝が突っぱってしまったことに気づき、敏美は急いで脚を曲げ伸ばししてほぐした後、エンジンをかけた。




 アパートに戻ってすぐ、敏美は婚約者に電話をかけ、佐喜子の話と自分が思いついたことを話した。
 すると、翼は心配そうになって、こう言った。
「たぶんその考えで合ってるよ。 ただ、その後が問題だよな。 グーちゃんを眠らせて、あいつ何しようって?」
「そうだよね。 いつ眠るかもわからないのに」
「むしろ、殺そうとしたんじゃない?」
 敏美はゾッとして、携帯を強く握りしめた。











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