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夏は謎
-83- 急な電話
翌日の火曜日はシフトの関係で、久しぶりに木元家には行かない予定になっていた。
隣の杉並区まで管轄区域が広がったため、そっちから新規に申し込んだ客用に、手馴れた敏美とベテランの大垣が回されたのだ。 敏美は元気な日本スピッツを担当し、男性の大垣は力の強いバーニーズ・マウンテンドッグを飼っている家に行った。
スピッツを直に触ったのは初めてだった。 トピーちゃんの毛はふわふわで、とても礼儀正しく、深窓の令嬢という古風な形容がぴったりだ。 トピーは高齢男性の愛犬だが、飼い主が手術のため入院。 留守家族である一人娘が勤務時間の長いキャリアウーマンなので、老人が退院するまで、宮坂ペットセンターに頼んできたのだった。
普段は行かない場所なので、またナビが活躍した。 画面を見て、近くにドッグランがないか探していると、ふと男性用ブティックが目に止まった。
トピーと前を通りながら、チラチラ店の中を覗いたとき、素敵なシャツが見えた。 色は黒。 さらっとした生地で、襟に細くついたブルーの縁取りがアクセントになっている。 敏美は目を細めて値段を見た。 けっこう高い。 自分用には買わないだろう。 だが、プレゼントにはちょうどいい。
平凡だけど、黒が好きな翼はきっと着てくれるだろう。 敏美はすぐに心を決めて、犬連れOKなのを確かめてから、中に入った。
こうして、トピーも敏美も大満足で、散歩から戻ることになった。 上機嫌の敏美は念入りにスピッツをブラッシングしてやってから、水と食事を与えて別れを告げた。
その後、世田谷に戻るためスクーターに乗り、エンジンをかけようとしていると、携帯が鳴った。
それは佐喜子だった。 お得意さんには連絡用に携帯番号を知らせてある。 だが、佐喜子がかけてくるのは非常に珍しいことで、たぶん初めてだった。
「ねえ、忙しいでしょうけど、ちょっとだけ聞いてくれる?」
どうしたんだろう。 昨日のことがあるから、敏美は心配になった。
「はい、何か起きました?」
「今日は何も。 ただね、翼と一緒になってくれるなら、あなたも家族の一員だから、打ち明けたほうがいいと思って」
声が急激に用心深くなった。
「いえね、あなたにも気をつけてほしいと思ったの。 和一郎のことなんだけど、あの子は絶対に信用しないで」
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月の歯車
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