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夏は謎  -80- 一足早く





 そこで翼は思いついた。
「じゃ、オレもこれからグーちゃんを家へ送っていく。 まだ仕事あるんなら、盗られた物探しながら、そこで待ってる」
「今日はもう仕事終わり。 すぐ行くね」
 敏美も嬉しくなって携帯を握り直した。


 バスを使って木元邸に着くと、片屋根式の車庫にはもう翼の車が収まっていた。 そして、敏美の足音に気づいたらしく、すぐに玄関から翼の頭が覗いた。
「来たね」
「うん。 佐喜子さんは?」
「それがさ……」
 翼は困ったように声を落とした。
「何か盗まれてないか調べようと言ったら、機嫌が悪くなっちゃった。 使いやすいようにきちんと整理してあるんだから、勝手に触っちゃ困るって」
 それは、同じ女性である敏美にもよくわかる気持ちだった。
「じゃ、手を触れないで、目だけで無くなってる物があるか見てみるのは?」
「客間はやってみた。 ざっと見た感じでは、いつもと変わらなかった」
 低い声で話し合いながら、二人は廊下に上がった。


 客間に入ると、佐喜子は車椅子に座って、由宗が横に寄り添っていた。 由宗は飼い主の異変を敏感に察しているらしく、若者二人が傍に来ても、尻尾を振ってみせただけで、いつものように駆けよってはこなかった。
 佐喜子の顔を見て、敏美は驚いた。 一晩会わなかっただけで、ずいぶん老けて見える。 肌がかさついているのも気になった。
「敏美さんが私を見つけてくれたんですってね? ありがとね。 床に倒れてたから驚いたでしょう?」
 挨拶の声も、穏やかだが擦〔かす〕れが目立った。 飲まされた薬の副作用かもしれなかった。
「昨夜は七時ごろ急に眠くなってね、寝室に行こうとしたときにもう寝込んでしまったらしいのよ。 車椅子の向きを変えてる最中だったから、転んでしまったのかもねえ」
 やや力なく微笑んで、佐喜子は孫に視線を移した。
「昨日の午後は忙しかったのよ。 ほら、明後日の水曜日はあんたの誕生日じゃない? プレゼント包んで宅配を呼んで、出してもらったの。 汗かいちゃった」
 敏美はぎょっとなった。 そうだ、誕生日の日付はちゃんと覚えてたけど何を買おうか迷ってて、私はまだプレゼント買ってない……!
 翼はなんだか恐縮していた。
「え? わざわざ宅配で送ったの? 言ってくれれば取りに来たのに」
「それじゃあんたに手間かけるじゃないの。 明日の夜に届くようにしてあるからね。 一日早いけど、火曜は七時半までに帰れるって言ってたでしょ」
「うん、前にジム通いしてたんで時間空けてたから。 今は行ってないけどさ。
 じゃ、先に言っとくよ。 ありがとう」
 翼が手を出したため、佐喜子も笑いながら握手を交わした。












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