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夏は謎  -79- 訪問なし





 その日、木元家の次に行くのはデンモントテリアのジェイくんのところだった。 飼い主の独身イラストレーターは、すごくジェイを可愛がっていて、ずっと大事に面倒を見てきたのだが、運悪く交通事故に巻き込まれて骨折。 松葉杖が取れるまで、ペットセンターに散歩だけ依頼してきた。
 車の中から電話しておいたので、敏美が遅れて駆け込んでも、飼い主はそれほど機嫌を損ねていなかった。
 自らデザインしたTシャツを着て、和室にミニソファーを持ち込んで窮屈そうにパソコンに向かっていたイラストレーターの青年は、敏美が詫びながらジェイにリードをつけ、ダッシュで出ていく背中に、明るく呼びかけた。
「ガーッと走らせちゃっていいよ〜。 僕も一人住まいだからさー、なんかあったら発見してね〜」


 幸い、マスチフのジョージーが夏のキャンプに出かけたので、その日はジェイが最後の顧客だった。 だから敏美は時間を延長し、いつもとほぼ同じだけジェイを連れ歩くことができた。
 満足した犬と並んで家路をたどる途中で、携帯が鳴った。 翼からだった。
「グーちゃんの意識が戻った。 元気だ」
「よかったー」
 敏美もホッとして、肩の力を抜いた。
「それで、思い出してもらったんだけど、いつもとおんなじだったって。 客は来ないし、あやしい郵便物や届け物もないし、まったく普段通り」
 敏美は首をかしげた。
「あのぅ、和一郎さんも来なかったの?」
 電話の向こうで小さく吹き出す声が聞こえた。
「オレと同じこと考えてただろ。 残念でした。 もう六日以上和一ちゃん顔出さないし、連絡もないってさ」


 風船がしぼんだような気分だった。
 貴重な絵のことであんなに騒いでいたから、和一郎がしびれを切らして直談判に行き、また断られて実力行使に出たのかと思ったのだ。
「そう。 和一郎さんは関係ないのね。 ちょっと疑っちゃった」
「オレも」
 翼は平気で答えた。
「じゃ、私これから木元さん家に行って、スクーター取ってくる。 佐喜子さんすぐ退院できそう?」
「ああ。 どこも悪いところないし、本人が絶対病院には泊まらないってがんばってるから」
「警察に届ける?」
 声を潜めて言ってみると、すぐ否定の返事が戻ってきた。
「取り上げてもらえないんじゃないかな。 病院の人も、本人がうっかり飲みすぎたと思ってるし。 老人の一人暮らしだと信用されないんだ」
「何か盗まれてたら、警察もわかってくれるかも」
「敏ちゃんが家に入ったとき、何か無くなってた?」
 敏美は困った。
「わからない。 倒れてる車椅子を見て、びっくりしちゃったから」











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