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夏は謎
-76- 驚く午後
翼はそれほど驚かなかった。
「和一ちゃんは何でも欲しがるんだよ。 昔からそうだった」
「だからって私に頼まれても」
「そうだよなー。 なんで敏美まで巻き込むんだ」
だんだん腹が立ってきたらしい。 声が荒くなった。
「車で誘うなんで、ふざけんなっての、まったく。 最後の線では信用できると思ったけど、わかんなくなった。 もう誘われても乗るなよ」
「乗らない」
敏美は約束した。 翼が嫉妬しているようなのが、何となく嬉しかった。
翌日の月曜日は、朝からどんどん気温が上がり、午後にはじっとしていても汗がにじむぐらいになった。
カンカン照りの中、スクーターを飛ばして木元邸に向かった敏美は、降りてすぐヘルメットを取り、髪を揺すって蒸れから逃れようとした。
「あつーい」
思わず独り言が出た。 いよいよ本格的な夏が来たらしい。 こうなると、クーラーの効いた自家用車がうらやましくなってくる。 ひとつ溜息をついて、敏美は玄関に向かった。
すると、中から由宗の声が聞こえてきた。 何度も続けて鳴いている。 なついている敏美に吠えかかるわけはないし、威嚇の声でもなかった。 むしろ訴えるような、心細げな響きだった。
敏美は異変を感じた。 急いで鍵を外して薄暗い玄関に入ると、廊下にたたずんでいた薄茶色の姿が、軽く躍り上がるようにして足踏みした後、くるりと体を回して奥に走った。
敏美も、靴を蹴って脱ぎ、由宗の後に従った。
由宗が飛び込んだのは、客間だった。 いつもは犬の入れない場所だが、たしなめる声は聞こえなかった。
そこにも灯りはついていなかった。 だから窓からの光が届かない部分は、廊下と変わらないぐらい薄暗い。
その片隅に、灰色の塊があった。 椅子を掻き分けながら敏美が近づくと、塊に見えたものは、車椅子ごと倒れ、海老のように丸まって動かない佐喜子の姿だった。
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