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夏は謎
-75- 親の期待
そこで柱の時計がポンポンと電子音を発し、帰る時間が来たことを知らせた。 話が半端で終わるのが気になったが、次のお得意さんの家が待っている。 敏美は仕方なく立ち上がった。
部屋を出るとき、壁の鏡がチラッと視野をかすめた。 そこには、ほっとした佐喜子の横顔が映っていた。
夕方、駐車場の隣にある大型犬用有料ドッグランに、おとなしいマスチフのジョージーを連れていって遊ばせている間も、敏美は断続的に、谷中和一郎と佐喜子の複雑な関係について考えていた。
愛する夫の隠し子が、自分の家の流派を継ぐなんて。 すごくむかつく話じゃないだろうか。
「私だったら絶対許さない」
思わず呟いたところに、携帯の呼び出し音が鳴った。 ボーッと考え事をしていた分、敏美は驚いて飛び上がりそうになった。
かけてきたのは、翼だった。
「遅くなっちゃった! 今仕事中?」
いつも古文の枕詞のようにそう訊かれるので、敏美は顔を緩めた。
「うん。 大型犬のマスチフ」
「うわ、引っ張られない?」
「そんなことないよー。 おとなしくて躾〔しつけ〕のいい女の子だから」
それからしばらく他愛のない話が続き、やがて翼が本題を切り出した。
「あの、グーちゃんに婚約のこと、言わなかったよね?」
敏美は戸惑った。
「言ってない。 だってご両親に話すまで黙っていようって言ったじゃない?」
「うん。 うちの親は静岡にいるだろ? グーちゃんのほうがオレに近いから、何でも先に話しちゃうって腹立ててるんだよ」
佐喜子夫人が自分の孫をかまいすぎると、イッコさんが怒っていたのを思い出して、敏美は納得した。
「翼が独立しちゃって寂しいんだ、きっと」
「だろうなー。 でも結婚相手が見つかったと聞いたら、喜ぶよ。 早く見つけろってうるさいんだ」
実際に見つけたとき、内心は複雑かもしれないが。 敏美は、翼の両親に気に入られるかどうか、確信が持てなかった。
「ご両親にも理想があるよね」
「嫁さんの? 敏美はそれ以上だよ」
「えー? 持ち上げ過ぎ〜」
「ほんと」
翼は真剣に言った。
「和一のおっさんもそう言ってた。 あいつに騙されるなよ〜。 女の扱いがめちゃめちゃうまいんだから」
「和一郎さんといえば」
話のきっかけが掴めた。 敏美は一気に、祖母の絵と和一郎の望みについて、翼にぶちまけた。
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