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夏は謎  -74- 男の過去





「それで、あの」
 敏美は思い切って切り出した。
「うちの祖母がモデルになった絵があるって本当です?」
「あら、そのことまで聞いたの?」
 佐喜子は情報源を疑わずに、あっさりと驚いてみせた。
「旦那のお父様と絵の大先生がお友達でね、浴衣を着た伊都子さんをたまたま見て、すっかり気に入って、絵に描かせてくれって」
「そうだったんですか}
「そうなの。 伊都子さん話さなかった?」
 佐喜子は少し早口になった。
「いい絵でね、旦那もお父様も気に入って、頼んで譲ってもらったの。
 まだ戦後十年ぐらいで、世の中も豊かじゃなくて、絵の値段が低かった頃だけど」
 敏美には絵の値段の相場なんてまったくわからなかったが、佐喜子の言い方で、今はきっと目が飛び出るほど高いのだろうと想像できた。
 別に隠す理由はないので、敏美は本当のことを打ち明けた。
「絵があるって言ったのは、谷中和一郎さんです。 イッコさんじゃなくて」
「まあ、いやだ」
 佐喜子は呟き、表情を暗くした。
「あの子、あなたまで巻き込んだのね。 あの絵を貸してほしいって、ずっとしつっこく言ってるのよ」
「谷中さんは前に見たことあるんですか?」
「さあ、どうかしら」
 佐喜子は思い出そうとした。
「私は見せてない。 でも旦那が何かの機会に見せてやったかも」
「仲良かったんですね」
 敏美が何気なく言った一言に、佐喜子は鋭く反応した。
「普通にサラッと言うのね?」
 思わぬ問いに、敏美はうろたえた。
「いや、和一郎さんは木元家から養子に入ったと聞いたんで」
「あの子は木元家なんかじゃないわよ」
 不意に、佐喜子の声に冷たさが加わった。
「バーのホステスの子よ。 そう言えばわかるでしょ? 直昭さんの隠し子」


 わー、裏でいろいろあったんだ。
 敏美は頭が痛くなってきた。
 彼女が思わず顔をしかめたのを見て、佐喜子は笑い出した。
「乱れた話だと思う? 確かによくはないわね。 だから旦那は常識では測れないと言ったでしょう?
 他にも何人かいたらしいわ。 私は知らないし、知りたくもないけど。 和一ちゃんは旦那にあんまり似過ぎてて、隠し通せなかったのよ」










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