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夏は謎
-73- 派手な男
その後、すぐ笑顔が戻ってきた。
「そう、伊都子さんから聞いたのね? もっと早く話すかと思った」
佐喜子が吹っ切れたように明るいので、敏美は拍子抜けした。
「ええ……一緒に踊りを習ってたことがあるって」
「そうなのよ」
佐喜子は懐かしげだった。
「私が一つ年上で、性格もずっときつかった。 顔と同じでね〜、あはは」
豪快な笑い声が、後に続いた。
「あなたはお孫さんだから、立ち入ったこともいろいろ話すわよね。
だから聞いた?
私の旦那、あのピアノのところの写真、彼は初め、伊都子さんと付き合ってたってこと」
やっぱりそうだったんだ。
敏美は祖母の心を思い、やりきれない気持ちになった。
佐喜子の口調が、しみじみとしたものになった。
「ある日、伊都子さんが稽古場に旦那を連れてきたの。
彼女は中級クラスのお弟子で、それまで顔を合わせたことなかったのよ。 でも、師範代クラスの稽古が見たいって、お師匠さんの許しを貰って、わざわざ来たの」
それで、知らずにライバルに紹介してしまったわけか。 くやしかっただろうな、イッコさん。
敏美がいろいろ考えて気を散らしているうちに、佐喜子はどんどん話しつづけた。
「一目見て、ドキッとなったわ。 そりゃ見とれるわよ。 想像してみて。 和一ちゃんをもっと男らしくして、翼をパッと光らせたら、どうなるか。
皆してあこがれたもんよ〜。 旦那は自分でも踊れる人で、目が肥えてた。 レビューのダンサーとか宝塚の子とか、一流の踊り手が好きでね、そういう人を呼んで賑やかに食事するのが好きだった」
えっ?
そこで再び、敏美は話に集中した。 いろんな子を集めて騒ぐのが好きだったって?
「派手な人だったみたいですね」
「そう」
佐喜子はあっさり認めた。
「派手で経済観念がなくて、純粋な人だったわ〜。 ふつうの物差しでは計れなかった。 何しろ、戦争前は何でも手に入ったお公家〔くげ〕さんだから」
ああ、貴族だったのか──予想したのとは少し事情が違うようだと、敏美にもわかりかけてきた。
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