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夏は謎
-72- 頼まれて
敏美が納得したところで、和一郎は次を切り出した。
「佐喜子伯母さんは面白くないわけ。 自分じゃない人をモデルにした絵を、夫が大事に持ってたんだから。
それで、絵はずっと倉に入れたままだ。 もったいないよね〜。 社会の損失だよ」
「そう佐喜子夫人に言ったら?」
「言ったよ! 何度も説得したって。 でも、あなたには関係ないって、怒り出すだけ」
そこで、彼は敏美のほうに身を乗り出した。
「伯母さんは君がえらくお気に入りみたいだから、さりげなく話してみてくれない?」
敏美は目をむいた。
「私が?」
「そう。 どうせ伯母さんの後は君と翼のものになるんだ。 倉庫の奥に突っ込んどくぐらいなら、早めに受け取って、伯母さんの気に障らないところに移したほうがいいよ」
この人ほんとに我がままだ。
敏美はつくづく思った。 和一郎は何としても、その素敵な絵を自分の陣地に飾りたいらしい。 まるで新しい玩具を欲しがるガキんちょと一緒だ。
今では勢いに乗って、和一郎は両手を合わせて敏美を拝んでいた。
「試しにちょっと話してみてよ。 説得してくれとは言わない。 ただ、そういう絵があるのを知ってるってことを、伯母さんに匂わせてみて」
「だけどそんな……」
「今日これから行くんだろう? そして、また伯母さんとお茶するんだ。 しょっちゅうすぎて、もう話題もなくなってきてるんじゃない? だからちょうどいいよ。 軽く言っちゃって」
軽く言っちゃう気はないが、敏美にも好奇心はあった。 それに、イッコさんと顔見知りのくせに一言も言わず、なにかこそこそしている佐喜子の本心も知りたかった。
そのため、和一郎の言葉がずっと心の奥でうごめいていて、その日由宗の散歩を終え、恒例のコーヒーブレイクならぬティー・ブレイクに入った直後、手伝ってカップを並べている最中に、ふと口走った。
「この前、実家に帰ったとき、びっくりしました」
にこにこしていた佐喜子の顔が、一瞬固まった。
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月の歯車
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