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夏は謎
-68- 妙な迎え
翌日、敏美がデカバッグに乾いた洗濯物を詰めているところへ、伊都子が近づいてきた。
「もう帰るの?」
「うん」
手を止めて振り返った敏美に、伊都子は励ますような笑みを贈った。
「絹世さんが言うとおり、いい御縁だと思うわ。 来週は向こうのお家に行くみたいだから、その次の週はぜひこっちに二人揃って来てね」
「もちろん」
「暑いときに大変だけどね。 まあ若いから」
そして伊都子は、ちょっと寂しげな表情になった。
「正式に婚約の運びになったら、もうこれまでみたいに週末は必ず帰ってくることはなくなるのね」
敏美は虚を突かれた。 あっという間に話が進んだので、そこまで考えなかったのだ。
「できるだけ帰るようにする」
「だめ」
妙にきっぱりと言われてしまった。
「休みは週末だけでしょ? ちゃんとお付き合いしなきゃ。 時間をかけて、よく見極めて、仲良く折り合っていけるように観察するの。 これから先、長く暮らす相手なんだから」
母の絹世も同じようなことを言ったが、伊都子の言葉のほうが身にしみた。
イッコさんの結婚生活が不幸だったとは思えない。 祖父の忠司〔ただし〕は明るくて心の広い人で、敏美たち孫全員が彼を大好きだった。 それでも息子の彰和が初恋の相手を知っているとなると、その人は伊都子にとって特別な存在だったにちがいない。
翼はどっちかというと、忠司おじいちゃんに性格似てる、と敏美は思った。 陽気で、しかも優しい。 会わせたら、イッコさんはきっと気に入ってくれるだろう。
昼過ぎにアパート近くの駅に降り立つと、計ったように翼から電話がかかってきた。
「いま昼飯終わったとこ。 敏美は?」
「これから。 電車で帰ってきたばっかり」
「そう。 オレのこと話した? ご家族は何だって?」
彼の声がどことなく不安そうだったので、敏美は階段を下りながら、小声で説明した。
「喜んでくれた。 ただ、すごく早いねとは言ってたけど」
「そうかー、よかった!」
率直な喜びが、彼の声に広がった。
それで、敏美も安心した気持ちになれた。
だが、足元軽く駅から出てきた敏美は、思わぬ驚きに見舞われた。
歩道に歩み出したとたん、すぐ脇に車が横付けになった。 そして、中から和一郎の端整な顔が覗いて、笑いかけた。
「荷物沢山だね〜。 乗せてってあげるよ」
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