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夏は謎  -67- 祝福され





 敏美はきょとんとした。 夢中……かもしれないけど、想いが実った直後は、どの恋人も雲に乗ったようにフワフワするだろう。 まして、ライバルなんてどこにもいない。 いるわけがない。
「私、二股かけてなんかいないよ」
「そりゃそうだろう。 その点はお父さん信じてるよ。 ただ、こっちだっていろいろ準備があるし。 あんまり驚かせるなよ」
 それまであまり語らなかった母が、まっすぐ敏美の目を見て、穏やかに言った。
「とてもいいお話だと思うわ、客観的に見たら。 条件が揃って愛情もあるという結婚は、なかなかあるもんじゃないし」
「まあ、昔風に言えば適齢期だしな」
と、父も賛意を表した。
 そこで母は溜息をつき、少し悔しそうになった。
「でも、なんでこうなるまで一言も相談してくれないの? 毎週きちんと帰ってきてるのに、冷たいじゃない」
「いやそれは……」
 ちょっと事情があって、と言いかけて、敏美は反射的に祖母のほうへ視線を泳がせた。 伊都子は励ますように笑顔を浮かべ、絹世をなだめにかかった。
「親よりおばあちゃんのほうが話しやすかったりするのよ。 特に今度の人は、私の知り合いのお孫さんだったからね」


 この言葉に、絹世より父の彰和のほうが驚いた。 そして、翼の苗字を改めて確かめた。
「木元っていったよな?」
「うん」
「母さんの初恋の人も確か……」
 とたんに勇吾が身を乗り出した。 好奇心は人一倍強い男だ。
「へぇー、イッコさんの元カレの孫〜? すっごい偶然じゃん! ねえ、イッコさん、その人この写真の孫に似てる?」
「とってもよく似てるわ」
 微笑を絶やさずに、伊都子は答えた。


 彰和は複雑な心境になったらしく、口数が減った。 残りの家族は、敏美の傍にわらわらと集まり、できるだけ多くの情報を聞き出そうとした。
 遅くまで話し合いは続いた。 父が出してきたワインのせいもあって、その夜は興奮がさめやらず、敏美はなかなか寝付けなかった。
 家族におおむね祝福されて、幸せ感は一杯だが、その中での小さな曇りは、やはり佐貴子の奇妙な態度だった。
 翼と知り合ったのは、勇吾のいうような偶然じゃない。 佐貴子がわざわざ出会いの場を作った。 それなのに、伊都子を知っているようなそぶりはまったく見せないでいる。 そこがどうしても引っかかって心から離れなかった。









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