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夏は謎  -66- 家庭争議





 敏美は最初の子だから、学校卒業以来、これは一家にとって久々の大きなイベントだった。 父が度を失って、矢継ぎ早に質問を浴びせる中、敏美はなんとか落ち着いて答えをひねり出した。
「まだ二十代なんだろ? ちゃんと家族を養っていけるのか?」
「収入は正確には知らないけど、普通より多いらしい。 それに、家持ってる」
「家?」
「そう。 実家を継ぐんじゃなく、彼だけの家」
「マンションか?」
「ううん、一戸建て」
 これに父は相当驚いた。
「やるな……。 で、奴は見たとこどんな感じなんだ?」
「奴じゃないよ。 ほら写真見て。 こういう人」
 着物姿の敏美と寄り添って、ニコッとしている美形男を見せられて、父はいっそう固い表情になった。
「なんだこれは。 タレントか?」
「だから言ったじゃない。 サラリーマンだって」
「こんないい男の勤め人がいるか! いや、つまり……」
 横から覗きこんだ勇吾が口を挟んだ。
「顔よすぎ。 もてそう。 敏ちゃんなんかに惚れるとは思えない」
 敏美はムキッとなった。
「惚れたのよ! この写真だって、お似合いですねって言われてるんだから」
「ハーッ、お世辞だっての」
「どうしてわかるの? 自分こそモテない医者オタクのくせに!」
 興奮した二人がクッションで叩き合いを始めたため、伊都子はテレビの傍に避難し、母は大声を張り上げた。
「やめ、やめー〜〜! 二人とも幾つだと思ってるのよ!」


 調子っ外れの嵐が収まってから、一家は改めて座り直して、今後のことを検討した。
「でね、できれば来週にも指輪買いに行って、その後、彼の実家へ挨拶に」
「すげー急展開じゃん」
 勇吾が口笛でも吹きそうな表情をした。
「なにそんなに急いでんの? もしかして、彼重病で来年には危ないとか」
「縁起でもない」
 伊都子がピシッとたしなめた。
「そういう冗談は聞きたくないわ」
「ごめん」
 珍しく、勇吾が素直にあやまった。 自分でも口にした後で言いすぎだと気づいたらしい。
「早く実家に紹介したいというのは、男として正しい態度だよな」
 父が、渋々っぽく呟いた。
「だが、確かに急いでる。 よっぽど敏美に夢中なのか、それともライバルがいるか。 どうなんだ?」









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