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夏は謎  -65- お知らせ





 実家帰りは夜になってしまった。 八時過ぎにようやくたどり着くと、家族は賑やかに夕食を取っているところだった。
「天ぷら? ちょっと重なっちゃったかな。 トンカツ買ってきたんだけど」
「いいね、それもチンして食おうよ。 肉大好き」
 口いっぱいに海老天をほおばりながら、弟の勇吾が陽気に応じた。
 急いで手を洗って、敏美も食卓の仲間に加わった。 母がご飯をよそってくれ、勇吾が残っていた天ぷらをチンしてくれた。 ついでにカツ一切れも一緒に温めて、全部自分の皿に載せてしまったが。
 自分の席に居心地よく収まりながら、敏美は改めて考えた。 他所に住んで働いていても、ここという本拠地があるから安心していられる。 翼の実家もこういうふうに賑やかで明るいだろうか。


 食事中は軽い話題が主で、なかなか切り出せなかった。 父がお中元に貰ったというワインを出してきたところで、ようやくきっかけを掴み、敏美はグラスを並べながら、できるだけ普通の調子でしゃべり出した。
「あのね、今付き合ってる人がいるんだけど」
 母の絹世は顔を上げただけだったが、父の彰和と弟は明らかに知らなかったらしく、どちらの口もぽかんと開いた。
 一方、祖母の伊都子は当然といった表情でニコニコしていた。
「付き合ってる? どんな人!」
 父の声が尖ってきた。 敏美は急いで説明した。
「いい人。 明るくて優しいの」
「そんな都合のいい奴いるかい!」
 珍しく、勇吾が本気でからんできた。
「いるって! 引越しで置き去りにされた犬が可哀想だから、引き取ったんだよ」
「ああ、動物好きか」
 父は少し落ち着いた。 不意に切り出されたので動揺したらしい。
「どこで知り合った?」
「お客さんの家。 そこの奥さんの孫」
「ああ、身元は確かなんだな」
「うん。 仕事もちゃんとしてるよ。 Aカメラに勤めてるの」
「ほう」
 父はワインをテーブルに置き、考え込んだ。
「なんかフツフツと予感がしてきたぞ。 ただの男友達の話じゃないだろ」
 思わず敏美は目をそらした。
「うん……」
 いきなり椅子をガタンといわせて、勇吾が座り直した。
「あれ? もしかして?」
「申し込まれたんだ?」
 母が張りのある声で、後を引き取った。









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