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夏は謎  -64- 信頼して





「待って」
 思わず敏美は言っていた。 翼だけでなく自分も結婚の当事者なのに、彼に押しまくられている。 もうちょっと落ち着いて考えたかった。
「順番で言ったら、翼のお父さんお母さんにご挨拶するのが先だと思う」
 翼は口を閉じた。 あまり黙っているので、よくわからないけど気を悪くしたのかと思い、敏美は彼の腕をチョコッと突っついてみた。
「なんかヤなこと言った?」
 とたんに翼は息を吹き返したようになった。 驚きの残った目を敏美に向けて、彼は呟いた。
「わー、気配りの人〜」
「え?」
 テーブル越しに腕を伸ばすなり、翼は敏美の手を取った。
「オレ、なんか最高に気の合う人を見つけちゃった感じ。 親も喜ぶと思うよ」
 彼の口調に飾り気のない喜びが表れていたので、敏美はホッとした。
「じゃ、えぇと、今日はとりあえず私だけウチに帰るね。 それで、両親にあなたのこと話す」
「気に入ってもらえるかな」
 敏美の手と指を組み合わせながら、翼が低く訊いた。 敏美は微笑んだ。
「信じないんじゃない? 作業衣とペッタンコ靴で汚れ仕事してる娘が、どこで一流企業のサラリーマン見つけたんだって」
「見つけたのは敏美じゃないもんな。 オレだから」
 指に力が加わった。
 このとき、敏美は初めて安らぎを感じた。 彼は、信じて大丈夫かもしれない。 周りの事情がどうあれ、そして佐喜子夫人が何を隠しているにしろ、翼その人と彼の気持ちは、心から信じられると思った。




 そう決めてからは、気持ちが軽くなった。 せっかく翼が迎えにきてくれたのだから、食事の後は車で砧〔きぬた〕公園まで足を伸ばし、夕方までのんびりと遊んだ。
 それから、店に引き返した。 スクーターを引き取ってこないといけないからだ。
 駐車場から愛用の二輪車を出していると、道の脇に留めた車の中から、翼が尋ねた。
「ご両親が賛成してくれたら、来週に指輪探しに行かない?」
 また仕切ってる、と思いながらも、敏美は嬉しくて、こくりと頷いた。
 









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背景:月の歯車
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