表紙 目次 文頭 前頁 次頁
表紙

夏は謎  -63- 陽気な男





 昼過ぎ、地味なポロシャツに着替えて迎えに来た翼は、近くのロフト風レストランに敏美を連れて行って昼食を食べながら、今後の相談を始めた。
「さっき、うちで考えてたんだけど、敏美は今日実家へ帰るんだよね」
「うん」
 やや上の空で敏美は答えた。 別のことを考えていたのだ。
「それでオレ、ちょっと……」
「あの……」
 言葉が重なった。 敏美は間もなく訪れる翼の誕生日のことを考えて、気が気でなくなっていた。
「あ、敏美からどうぞ」
「えぇっとね」
 目の前のチキン・フリカッセがクエスチョンマークに見えてきた。
「翼のバースデイ、たしか水曜日だよね?」
「お〜!」
 突然翼が奇声を発した。 びっくりして、敏美は危うく飛び上がりそうになった。
「え、えー? どうしたの?」
「翼って言った!」
「は?」
「今、翼って言ったじゃない」


 ああ、そうか……。
 自分の心の中で、翼との隔たりがほとんどなくなったことを、敏美は改めて実感した。 意識しないで、彼を呼び捨てできるほどになったらしい。
 顔を上げると、翼はひどく嬉しそうにニコニコしていた。
「ありがとー!」
「ええ?」
 ますますわからない反応だ。 敏美が目を白黒させている間に、翼は言葉を継いだ。
「オレの誕生日を覚えててくれて。 プレゼントくれるなら何でも嬉しいよ。 家に入らないほどデカイものじゃなけりゃ。
 でも、嫁さんになってくれるってのが一番だから。 それで、ダブルでありがとうって」


 明るい。
 翼の曇りない陽気さを見ていて、敏美は逆に不安定な気分になった。 こんなに何もかもうまい具合に運んでしまっていいのだろうか。 それともこっちが心配性になりすぎているのか。
 悩んでいる間にも、翼は話し続けていた。
「それで、さっき言おうとしてたのは、敏美が帰って一人で話すより、オレも一緒に行ってちゃんと話通しておいたほうがいいんじゃないかって」

 









表紙 目次前頁次頁
背景:月の歯車
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送