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夏は謎
-62- 自覚の時
翌日は土曜日だ。 午後は休みだが、仕事先にはいつも通り八時半に着かなければならない。 敏美は明け方に目が覚めて、電車で行ったらここから一時間ぐらいかな、と、いろいろ考え始めた。
五分ほどして寝返りを打った翼は、暁の薄明かりの中で恋人が目を開けているのに気づいた。
「もう起きた?」
敏美の体に腕が回って、ギュッと抱きしめられた。 キスされたので、敏美もさっきしてもらったやり方で返してみた。 すると、新しい世界が開けたように、二人の距離が縮んだ。
「車で送るよ〜。 オレ休みだし、連れてきた道を戻るだけだから、簡単」
二度目の抱擁を解いて、それでもぴたりと身を寄せ合って並んだまま横たわったとき、翼が敏美の心を読んだように囁いた。
「悪い、せっかく休日なのに」
「遠慮するなって。 もう婚約したんだから、家族も同然だろ?」
「うん」
家族か…… 敏美は不意を突かれた。 父と母と弟、それにフワフワと明るい祖母の伊都子が、私の家族。 それしか考えていなかった。
だが、これからは違う。 新しい家族ができるのだ。 というか、自分で、自分と翼とで新しく作り上げるのだ。
身が引き締まる思いがした。
正直言って、いくらか怖かった。
まったく同じ服で通勤したんじゃバレバレだから、と言って、翼が買い置きのTシャツを貸してくれた。
それでも、彼の青い車から降りて店に入るとき、先に来ていた同僚の訳知り顔が、目に痛かった。
「いい車だねえ」
と、週末担当の受付係をしている真木が、ガラス越しに覗いて感心した。
「若い子が持つにしちゃ、立派だ」
主任がバインダーに取り付けたボールペンのキャップを取りながら、ちらっと敏美のほうを見て言った。
午後、仕事が終わる頃にまた迎えに来る、と翼が言ったことを思い出して、また注目の的になるだろうな〜と、敏美は覚悟した。
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