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夏は謎  -61- 大事な人





 冷房の効いた部屋だが、つなぎ合った二人の手は汗ばんでいた。 お互いに硬くなって、動悸は早鐘のようだし、喉はかさついていた。
「私……私も、あなたといたいなって思う」
 やっとの思いでそう返すと、敏美はなぜか、しゃくりあげそうになった。 緊張する。 嬉しいのに、なぜか胸が締めつけられた。
 翼は顔をくしゃくしゃにして、握った手をパッと引き寄せ、敏美を胸に抱いた。
 そして、一直線にキスした。 誓いのキスだった。


 二人は肩を寄せ合ってソファーに戻り、新しく生まれた親しみを、しばらく楽しんだ。 寄りかかり、頬ずりし合い、首筋に顔を埋めたり、肩から肘の内側まで唇を押しあてたり、猫のじゃれ合いのようなことを繰り返しているうちに、体が燃えてきた。
「二人で指輪買いに行こう」
 耳のすぐ傍で聞こえる声は、いつもの翼より一段と低く、しっとりして聞こえた。
「それから敏美ん家に行って、ご両親に挨拶して……」
「木元さんにも真っ先に話さないと」
「グーちゃんは鉄板で賛成だ」
 翼は自信を持って言い切った。


 翼の寝室は、二階の東側にあり、静かで落ち着いた部屋だった。
 ベッドの枕元にあるスタンドだけを点けて、二人は折り重なるように横たわった。 敏美はわくわくした気分だったが、ちょっぴり怖くもあった。 堅く育てられたから、本格的なキスでさえ、翼が最初だったのだ。
 彼女が神経質になっているのに、翼も気づいた。 それで、頬をそっと撫でて囁いた。
「心配?」
「いや……そう、ちょっとは。 初めてだから」
 翼は、更に優しくなった。
「大丈夫だよ。 好き合ってれば、自然なことだから」
「そうだね」
 翼の腕の中で丸くなって、敏美は呟き返した。


 不思議な気持ちだった。
 お互いに所有しあう、と何かに書いてあったが、その意味が改めてわかった気がした。 

 









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