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夏は謎
-58- 彼の自宅
金曜の夕方、敏美が店に戻って業務日誌に書き込んでいるとき、携帯が鳴った。 翼だった。
「電話いい? 今日は珍しく仕事早く終わったんで、迎えに行こうかな〜なんて思ったんだけど」
やや照れた口調だった。 そこがいいのだ。 敏美は嬉しくなって、思わず声を弾ませた。
「わあ、来て! 今店に帰ってきたとこ。 スクーターはがっちりガードして駐車場に置いとくから」
BFが職場へ迎えにくるなんて、初めてだった。 私だって、やるときはやるんだから、という気持ちで、敏美は入り口のガラス戸をチラ見しながら、暇な受け付け係と雑談を交わして、青い車が来るのを待った。
ものの十分ほどで、翼は車を飛ばしてやってきた。
「あ、じゃまた来週ね」
手早くバッグを取る敏美を、平日の受け付け番の加倉が笑顔で見送った。
「お迎え? いいなー」
「どっかで食べてく? それとも」
言いよどんだ後、翼は背筋をピンと伸ばし、早口になった。
「うちに来て、二人でピザでも食う?」
おお!
思ったより驚きはなかった。 むしろ心のどこかで予期し、期待していた部分があった。
「うーん、そうだな〜」
通勤用で実用一点張りのジーンズを見下ろして、敏美は口ごもりがちに答えた。
「この格好だと、外より家の中で食べたほうがいいかも」
とたんに車が揺れた。
急いでハンドルを回して立て直しながら、翼は上ずり気味の声を出した。
「じゃ、えーと、このまま行くか」
敏美は、できるだけ無邪気にうなずいてみせた。
予想に反して、翼が住んでいるのは賃貸マンションでもアパートでもなく、普通の住宅だった。
「土地はもともと親のものだったんだ」
玄関の前の段を上がる前に、翼が説明した。
「大学を出た後、ここにずっと住もうと決めて、家を建てた」
「すごいな〜」
信じられない思いで、敏美はレギュラーサイズの二階家を見上げた。 いい企業に就職しているとはいえ、まだ二十代のサラリーマンが、自前で建てたマイホームを持ってるなんて!
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