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夏は謎  -51- 初恋の人





 今度息を呑んだのは、敏美のほうだった。
 これまで何回か、伊都子は冗談のように初恋に触れていた。 銀座に行ったときバッグを買ってもらったこと、ふたりであんみつ屋に入ったこと、有楽町で最初に手を繋いで歩いた思い出。 たしか相手は、三つ揃いが似合うダンディ・ボーイなはずだった。
 それがあの、純日本的な写真の人??!


 はたと思いついて、敏美は携帯電話を取り、写真を探して伊都子の前に差し出した。
 それは、初めての着物姿を家族に見せようと思い、翼と並んで撮ったスナップ写真だった。
 いきなり突き出された携帯の画面を、伊都子は眉を寄せてチラッと見た。
「ぼんやりしててわからないわ。 老眼鏡どこかしら」
「ここ、ここ」
 敏美が慌しくサイドテーブルから拾い上げて渡すと、伊都子はじれったくなるほどゆっくり眼鏡を鼻に載せ、改めて小さな画面を眺めた。
 すぐ、銀髪の頭が前のめりになった。
「このお人形さんみたいなの、敏ちゃん? よーく似合ってるわねぇ」
「うん」
 やはり日本人形に見えるんだ。 敏美は何となく嬉しくなった。
 伊都子は怖いものを見るように、そろそろと視線を横の人物に移した。
「……この男の人は?」
「木元翼。 佐貴子さんの孫」
「孫……」
 伊都子は首を緩くかしげた。 不愉快かと思ったが、意外にも口元がほころんで、目が糸のように細くなった。
「似てる。 まあまあ、嬉しくなっちゃうほど似てるわ、直昭〔なおあき〕さんに」


 それからしばらく、伊都子は黙って写真を見続けていた。 あまり懐かしそうなので、敏美は写真をもっとサーチして、翼一人が写っているのを三枚ほど見つけた。
「ふむふむ、どの角度から見ても、直昭さん似ね。 佐貴子さんには……そうねえ、頬のあたりがちょっと面影あるかな」
 その言葉で、敏美は前に買ってきた和菓子を思い出した。
「おもかげっていうようかんも、初恋の人と食べたんだよね?」
「そうよ」
 まだ写真に見入っていた伊都子が、不意に顔を上げた。
「この子と仲いいの?」
 不意に言われて、敏美はたじたじとなった。
「仲いいっていうか、付き合うことになるかもしれない」
「あら〜〜」
 思い切り引き伸ばして感動した後、伊都子はけしかけた。
「付き合っちゃいなさい! そして、ぜひこの家に連れてきてよ〜〜」







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