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夏は謎
-50- 若い日の
自分の話にかまけていた敏美でも、はっきりわかる反応の強さだった。
敏美は思わず目を大きくして、石のように強ばった顔つきになった祖母を見つめた。
「イッコさん……?」
小声で呼びかけられて、伊都子はようやく我に返った。 まだ表情は硬かったが、なんとか落ち着こうとしているようで、うっすらと微笑を見せた。
「木元っていう人、ちょっとこう厳めしい顔してない? 眉毛が定規当てて書いたみたいにまっすぐで」
敏美は急いで佐貴子の顔を思い浮かべた。
「そういえば、眉が横にキュッと……。 確かに直線だわ」
「やっぱり」
繭玉のように白くふわふわした髪に軽く手を当てて、伊都子はさりげなく言った。
「その人なら知ってる。 結婚前は谷中〔たになか〕佐貴子さんといってね、日本舞踊の名手だったの」
佐貴子さんも、脚が弱くなる前は日舞が上手かったのか──それであんなに甥の発表会を楽しみにしたんだ、と敏美は悟り、気の毒になった。
「じゃ、もう踊れなくて寂しいでしょうね。 木元さんもイッコさんと同じで、車椅子なの」
今度驚いたのは、伊都子のほうだった。
「へえ、あんなに鍛えてた人がねぇ」
「一緒に踊りを習ったの?」
敏美が無邪気に尋ねると、伊都子は急に真顔になって、強く頭を振った。
「まさか! 向こうは専門家の家系で、十五で名取りになった人よ。 ただの嫁入り修業で習った私なんかと一緒に練習するわけがないわ」
ひょっとすると、踊りの技量が違いすぎて、バカにされたんだろうか。 敏美は伊都子に嫌な思いをさせたのではないかと、心配になってきた。
「若い頃の木元さんって、高ビーだった?」
伊都子はきょとんとした。
「高ビー? どういう意味?」
「ああ、なんてのかな、いばってるっていうのか、自分のほうができるから、人を見下すというか」
ようやくわかったらしい。 伊都子は微笑んで言い替えた。
「わかった、高飛車〔たかびしゃ〕だったかっていうのね。
そうじゃないわ。 第一、佐貴子さんは私が踊りをかじってること知らなかったんじゃないかしら」
わずかに間を置いて、伊都子は敏美が予想もしなかった続きを口にした。
「谷中佐貴子さんはね、私が好きだった人と一緒になったのよ」
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月の歯車
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