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夏は謎
-48- 良い気持
あっと思ったときは、もう唇が重なっていた。
驚いたことは確かだが、すぐに敏美は嬉しさに圧倒された。 よく知らないうちからなれなれしくする男性は嫌なものだけれど、好き合っているのに何もしない人はじれったいし、不安になる。
彼の唇は熱くて、乾いていた。 本人の外見そのままに、素敵で、しかもさっぱりしていた。 何時の間にか、敏美は彼の胸に手を置き、やがてその手は自然に背中に回って、強く抱き寄せていた。
始めのは、長いキスだった。 相手も最初は緊張していて、やりだしちゃったんだから頑張らなきゃ、という気負いがひしひしと伝わってきた。
それが途中から、優しく変わった。 力みが取れ、本当の気持ちが表に出てきた。
だから、いったんキスを終えても二人は離れがたく、幾度も軽く唇を触れ合わせて余韻を楽しんだ。
最初に口を開いたのは、翼だった。 からからになった喉を静めるために低く咳払いした後、彼は自然に艶の出た声で言った。
「明日の午後に、グーちゃんのとこで待ってる。 一緒に散歩へ行って、いいだろ?」
「いいよ、嬉しいし」
まともに答えようと思ったが、息のようになってしまった。 敏美は翼に体を預け、肩甲骨のくぼみに顎を載せた。
なかなか車を降りる気になれなかった。 疲れているのに、一人きりの部屋に帰りたいと思えない。 いっそ抱いて運んでいってもらいたいな、と思ったところで、ハッと我に返った。
「いま何時?」
翼はいやいや腕時計に目をやった。
「ええと、十時十九分」
「もう部屋に行かないと」
「もう行っちゃうの?」
翼が子供のように返した。 素直な性格だ。
「そう、行かないと。 真夜中前に寝て、エネルギーを注入しないと」
「そういえば」
翼も改めて思い出した。
「グーちゃんはどうなった」
「ほんとだ!」
二人は顔を見合わせ、敏美は慌てて車を降りた。
「今ごろ怒鳴りまくってたらヤバイな」
「急げー!」
敏美の掛け声と共に、翼はガーッとハンドルを回してUターンすると、みるみる遠ざかっていった。
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