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夏は謎  -43- 公会堂で





 敏美は複雑な気持ちで玄関の戸を閉め、鍵をかけた。
 自分のことを言われたのではないと思う。 でも、声を低くされると、いくらか気になった。 佐貴子は質素な生活をしているが、これだけの広い土地と大きな家を持っているのだから、売れば相当お金が入るだろう。
 翼がそのすべてを相続するのなら、彼と付き合うと財産目当てだと誤解されそうだ。 敏美は気が重くなってきた。

 しかし、車の中で並んで座っていると、佐貴子は楽しそうで温かい感じだった。 運転している翼と冗談を言い合い、敏美にもたれかかるようにしてキャッキャッと笑う。 こんなに明るい佐貴子を見るのは初めてで、今夜の外出を心待ちにしていた様子がよくわかった。


 年末に行なわれる大規模な公演会とはちがい、初夏の発表会は世田谷本部だけの内輪な催しで、親しみやすいものだ、と佐貴子は言った。
 しかし、いざ会場の前に着くと、敏美は威圧感のある建物に圧倒された。
「これが市の公会堂……?」
「そう。 なんか有名な建築家の代表作とかで、ずいぶん前に建ったらしいんだけど、今っぽいよね。 コンクリート打ちっぱなしって感じで」
 公会堂というより、立派なシアターだ。 中へ入っても、赤絨毯が一面に敷き詰めてあるので、敏美はうれしくなってきた。
「いやー、本格的な劇場ね。 オペラ座の怪人みたい」
「あんなにキンキラじゃないけどさ。 まあ、いい雰囲気だよね。 客席も確か千人以上あるんだよ」
「千二百人」
 佐貴子が正確な数字を教えた。
 開演は六時で、まだ二十分ほどあるが、すでにホールの前のホワイエという階段広間には、客たちが次々と入ってきていた。 さすがに和服の客が多い。 その中から、大柄で粋な着こなしの熟年女性が、佐貴子を見つけてまっすぐやってきた。
「木元さん? まあお久しぶり!」
 車椅子を翼に押してもらっていた佐貴子は、とたんに止まって、その女性と両手を取り合った。
「狭川〔さがわ〕さん〜! 狭川の晶子〔あきこ〕さんじゃないの〜」
「なつかしいわね〜。 もう何年ぶり? 四年? それとも五年かしら?」
 二人は壁際のベンチ近くに寄って、夢中で昔話を始めた。 手もちぶさたになった翼は、すかさず敏美の傍へ来て、視線を捕らえて眉を上げてみせた。
「掴まったな、グーちゃんは。 開演までにおしゃべりが終わるといいがな」
 敏美が微笑んで返事をしようとしていると、通りかかったスーツ姿のご婦人が、足を止めてまじまじと見た。
 それから、思わずのけぞった。
「えー、もしかして、ペットセンターの菅原さん?!」






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