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夏は謎  -41- 発表会へ





 木曜には、昼食を取った後の休憩時間に、店の裏手で翼と電話で話した。
「踊りの会なんて初めてで、何を持っていくのかわからないの」
「花束がいいんじゃない? 二千円ぐらいの派手な色のやつ。 グーちゃんが金持ってくから、そっちのほうは全然心配しないでいいよ」
「お金?」
 敏美は慌て出した。
「チケット代とか? お払いしなきゃね」
「敏ちゃんは気にするなって。 和一ちゃんは金持ちバアさんのファンが沢山いて、券買いまくって配ってくれるんで、チケットさばくのに苦労しないんだ。 だからグーちゃんにもポンポンただ券渡しちゃう。 恵まれた環境だよな」
 まあ、あの顔なら……。 それに声もよかったし。 敏美は納得した。
「うちの父さんは固かったけど、和一ちゃんの父親は道楽者だったから、和一ちゃんも遊び人。 敏ちゃん気つけなよ。 ナンパ上手だから」
 お、バリア張ってる、と感じて、敏美はニヤニヤしてしまった。




 そして、いよいよ土曜日が来た。
 十一時半にその日最後の仕事を終えると、敏美は急いでアパートに戻り、ベジサンドを頬ばりながら出かける支度をした。
 着物一式は裾避けまで佐貴子が揃えてくれたが、足袋だけは自前でストレッチのを買った。 なにも舞台に出演するわけではないので、洋服で行ってもいいはずだが、佐貴子の熱意に影響されて、敏美も優美な紫陽花の着物をきちんと着て行くのに喜びを感じはじめていた。


 四時少し前に、木元家の玄関前にスクーターで入ると、庭から由宗が現われて、きょとんとした顔で近づいてきた。 いつもと違う時間に、しかも同じ日に二回も敏美が来たから、勝手が違う様子だった。
 敏美は前かがみになって、由宗の丸い頭をクリクリと撫でてやった。
「今日はね〜、由宗クンのお母さんとお出かけなの。 いい子でお留守番しててね」
 とたんに由宗は笑顔を消し、顎を下げて軽く上目遣いになった。 留守番、という言葉を知っていて、反応したらしい。
 敏美はちょっと驚いた。
「あれ? 留守番って何だか知ってる?」
 由宗はますます嫌がって、その場にペタンと腰を落とすと、門の方を眺めて溜息をついた。
 やっぱり理解してるんだ──佐貴子夫人は思ったよりしょっちゅう出かけてるんだろうか。
 敏美は意外な気持ちになった。






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