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夏は謎
-40- 着物選び
あなたが行けば、翼もきっと一緒に行く気になる。 そうしたら私も踊りを見られる。
佐貴子にそう説得されては、断ることができなくなった。 着物なんて、夏の浴衣しか持っていないが、本式のを身につけてみたいという気持ちは前からある。
見に行ってみようかな、と、心が動き始めた。
電話で相談すると、翼はコロッと意見を変えて大賛成だった。
「オレには退屈だけど、敏ちゃんが行くなら、グーちゃんを喜んで連れてくよ」
「じゃ、行ったほうがいいね? 谷中さんには逢ったばっかしで、招待されていいのかなーって気はするけど」
「向こうが渡したからいいんだよ。 グーちゃんがそそのかしたのかもしれないし。
決めた?」
「うん」
敏美は思い切って答えた。 なんだか気持ちがホッとした。
すぐ、翼が嬉しそうに、
「だったらオレ、君ん家〔ち〕に車で迎えに行くよ。 何時がいい?」
と尋ねた。
何しろ、毎日のように仕事で通っているから、佐貴子との打ち合わせはバッチリできた。 久しぶりに晴れやかな会に行けることになって、佐貴子はすっかりご機嫌で、リフトを使って二階に上がっては、何着も着物を出してきて、敏美に見せた。
「衣替えの季節だからね、薄手のこういう着物がいいのよ」
そう言って、佐貴子は単衣仕立ての優雅な絹の着物を次々と、たとうの中から出してきて見せた。
「冬物や夏物とちがって、六月にしか着られないの。 特にこうした紫陽花〔あじさい〕模様などはね」
それは、淡い藤色に水色のぼかしがかかった生地で、古代紫のガクアジサイが涼しげに描かれていた。
「似合いそう。 ちょっと当ててみて」
そう言われて、立派な三面鏡の前で着物を体に添わせてみた。 確かに、色白な敏美の面立ちに、爽やかな藤色はよく映えた。
「素敵よ」
佐貴子の声が、なんとなくぼやけた。 その着物をまとって街を歩いた昔の思い出が、よみがえってきたのかもしれない。
「これにしたらどうかしら?」
「はい。 汚さないように気をつけます」
敏美は芸術品のような模様に見とれながら、かしこまって答えた。
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