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夏は謎
-36- モテ系男
近々発表会を開く予定の師匠は、ポスターの着物姿ではなく、芯地で固めていないゆるやかなスーツを着ていた。 和服も似合うが、スーツ姿は更に決まっている。 長い脚を組んでゆったり椅子に座っているところを見て、日本舞踊の先生だと思う人は、まずいないだろう。
彼のほうは、四つ角でぶつかりかけただけの相手を覚えている様子はなかった。 形のいい眉を軽く上げて、彼は面白そうに言った。
「茶飲み友達っていうけど、こんな若い人が相手してくれて、いいなあ、佐貴子おばさん」
「いいでしょ。 あ、この人、甥の谷中和一郎。 本名はタニナカって読むんだけど、ヤナカのほうが語呂がいいって、そう名乗ってるのよ」
「こんにちは、宮坂ペットセンターの菅原です」
敏美は気を取り直して、はきはきと挨拶した。 すると谷中和一郎は微笑み、軽く頭を動かして挨拶した。
「翼と似てるでしょう? よく言われるんだ。 一度なんか、お父さんですか?って聞かれてね。 失礼しちゃうよ。 十歳しか違わないのに」
敏美は反射的に二人を見比べ、あいまいな微笑を浮かべた。 確かに似ている。 こうやって一緒のところを見ても、並みの兄弟以上に似通っていた。
ティーポットを持ち上げて、新しく紅茶をつぎながら、佐貴子夫人が後を続けた。
「ふたりとも、うちの旦那に似ているのよ。 あの写真以上にいい男だったんだから。 あんた達なんか及びもつきませんよ」
「はいはい、耳たこ耳たこ」
和一郎は苦笑し、土産に持ってきたらしいケーキの山に手を伸ばした。
「これ半分はお弟子のおつかい物でね。 ただで貰ったものを右から左へ持ってきたんじゃ気が引けるから、デパートで買い足したんだ。 多すぎるかなと思ったけど、この人がいるから丁度よかったね」
そう言って、和一郎は温かく敏美にうなずいてみせた。
和一郎のきびきびした話しぶりは、伯母の佐貴子に似ていた。 言葉遣いもちょっと古風で、品がいい。 ぜったいモテ系だ、お弟子の大部分は女だな、きっと、と敏美は内心思った。
「何しに来たの? 今忙しいんでしょう? 発表会の練習で」
チョコドーナツを皿に取ってかぶりつく前に、翼がぶしつけに尋ねた。 和一郎はモンブランをペーパーの上に置き、ケーキフォークを使おうか、それとも手に持って齧ってしまおうかと迷っている風だった。
「逆にストレス溜まっちゃってさ、おばさんの顔が見たくなった」
「それはありがとうね」
佐貴子は喜色満面になった。
「どこの会場でやるの? 翼に連れてってもらおうかな」
「えっ?」
翼は明らかにショックを受けた。
「踊りの会に行けっての? 死ぬほど退屈なのに?」
「おまえ一回死んでこい」
和一郎が怒ったふりで、翼の肘を軽く小突いた。
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