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夏は謎  -35- 客は親戚




 二人は何となくぐずぐずしていた。 まだ中に入りたくない気がする。 翼はもう一度由宗を撫でようとしたが、もう飽きた犬は薄情にもスッと頭を下げ、さっさと門をくぐろうとして紐を引っ張った。
 翼は苦笑いして身を起こした。
「こいつチャッカリしてんな。 散歩が済んだら飯、飯って」
 そういえば、いつもと順番が逆だった。 普段は食べさせてから出発なのだが。 由宗クンはさぞ空腹だろうと気づいて、敏美はリードを受け取ると、早足で玄関に向かった。


 犬の足を洗って引き戸を開けたとたん、目についた。 上がりかまちのところに、靴が並んでいる。 男性のビジネスシューズには詳しくないが、しっかりした作りの高級品に見えた。
 しかも、きちんと外に向けて置き直してある。 几帳面な客らしい。 由宗は、マットを踏む前にスンスンとその靴を嗅いだが、別に警戒せずに廊下に上がり、先に立って台所へ歩いていった。
 要領よく食事の支度をしてやると、由宗は脇目もふらず食べ始めた。 翼がついてくるかと思ったが、彼は現われなかった。
 とても静かだ。 由宗がハグハグと餌を平らげる音だけが、小さく響く。 敏美はさっき貰った箱を上着のポケットから取り出し、蓋を開けてゆっくり眺めた。 この辺りでは星は見えにくく、北斗七星でさえはっきりしない。 だから、選ぶなら一等星の近くの星にして、あそこらへんにある、と目安をつけたほうがいい。
 できれば年中見えるところがいいけど、と思い巡らせているうちに、由宗が食べ終わって、満足した明るい顔で見上げた。


 翼の君はどこへ行ったんだろう。 もう帰ってしまったんだろうか。
 廊下は無人だった。 いつも迎えに出てきてお茶に誘う佐貴子も、今日は見えない。 このまま黙って帰るべきかな。 お客さんいるみたいだし──敏美は台所の出入り口で、ちょっと迷った。
 そのとき、客間のドアが開いて、もういないかと思った翼が頭を覗かせた。
「どうしたの? 入っておいでよ」
 敏美は目を丸くし、ササッと彼の傍に寄って、小声で訊いた。
「誰か来てるんじゃない?」
「ああ」
 肩越しに振り返ってから、翼は普通の声で答えた。
「親戚。 別に客じゃないから」
「でもやっぱ私……」
 仕事中だし、と、今さらなことを言いかけたら、中から佐貴子の呼び声がした。
「まだ時間あるでしょ? 来てちょうだいよ。 男ばっかりで殺風景でしょうがないの」
 その呼びかけに、低い笑い声が続いた。 親戚の男性らしい。 仕方なく、敏美は翼の後ろから、そっと部屋に入った。


 テーブルには、いつものポットとティーカップが並んでいた。 真中には楕円形の大皿が出ていて、レースペーパーに包まれたショートケーキの群れが、ホテルのケーキバイキングみたいに山盛りになっていた。
 佐貴子夫人と向かい合わせに座っていた男性が、上半身を反らせて振り返った。 その顔が見えたとたん、敏美は思わず口を開けてしまった。


 わぁ、あの踊りの先生だ!








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背景:月の歯車
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