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夏は謎
-34- 縮む距離
二人は、由宗のリードを何度も交代しながら、のんびりと歩いた。 紐を手渡す度に、手のひらか指先が触れる。 その感触が心地よくて、1ブロック、2ブロックごとにこまめに交換した。
彼と手を繋いで歩いたらどんなだろう、と、敏美が空想しかけたころ、木元家の長屋門が見えてきた。 いつもなら、一仕事終わったとホッとするところだが、今日は早すぎてがっかりだった。
「昨日グーちゃんに頼まれて、珍しく和菓子買ったんだ。 今日はそれが出るかもな」
「和菓子って何? ようかん?」
実家の祖母を思い出しながら、敏美は尋ねた。
「いや、きんつば。 食べたことある?」
「ある。 うちのお祖母ちゃんが和菓子好きで、子供のときはよく食べた。 最近は車椅子になっちゃって、お出掛けあんまりできないんだけど」
翼は、ちらっと敏美の横顔に視線を走らせた。
「敏ちゃんのお祖母さんも車椅子?」
敏ちゃん……?
今度は敏美が彼を見る番だった。 翼は家並みのほうにスッと頭を回して、表情はわからなかった。 でも、首筋がなんとなく赤くなっているような気がした。
さりげなく呼んでみて、敏美の反応を待っているのだろう。 だから敏美は、黙ってやりすごすことにした。 敏ちゃん──簡単な呼び方だが、そう言ってくれるのは家族だけだ。
彼がそう呼びたいなら、歓迎だ。 これで翼が一段と親しく感じられた。 敏美はぐーんと腕を伸ばし、できるだけ自然に返事した。
「そうだよ〜。 いつもフワフワな物着て、とっても可愛いの」
「大事にされてるんだね」
「そうね。 口の悪い弟も、イッコさんにはまあまあ優しい」
「お父さんのお母さん?」
「そう」
「幸せだね」
「たぶん」
不満だってあるはずだ。 でも祖母の伊都子は明るく振舞っている。 一番したいのは、自由に歩き回ることだろうけど、父はイッコさんのためにワゴン車を改造して、できるだけ外の空気に触れさせるようにしている。 母親思いの息子を持って、イッコさんは恵まれているかもしれない。 嫁という立場の母も、とぼけた人だが面倒見はいいし。
門の前まで来たとき、敏美は考え考え言った。
「お祖母ちゃんがいて、よかったと思う。 私、小さいときからお祖母ちゃん子だったんだって」
翼は入るのをためらって、急に屈むと由宗の背中を撫でた。
「オレも、もしかするとそうかな。 グーちゃんとは、母親より気が合うから」
そして、由宗の巻き尾をポンと叩くと、ニヤッと笑った。
「グーちゃんって、若いころ結構ワルだったんだってさ」
ああ、そうかも。
敏美が納得しかけたとき、無意識に首が動いて、道の斜め向こうが視野に入った。
あれっ、と思った。 見覚えのある上等な車が、隣人の経営している小さな駐車場に、堂々と置かれていた。
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