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夏は謎  -32- 贈り物は




 長屋門を出ると、翼は由宗のリードを短くして脇に寄せてから、ぽつんと言った。
「最近はこの辺もぶっそうになったな」
「監視カメラつけてたんだっけ?」
 敏美が訊くと、翼はひょうきんな感じで口をつぼめた。
「フェイクのやつな。 ほんとは写らないんだ」
「ああ、つけてますよーって脅かすだけの」
 翼は笑いながら頷いた。
「それに、あのカメラ角度じゃ、写ったとしても竹林までは届かない」
「庭が広いから」
 話し合っていて、二人の足が自然に遅くなったため、由宗がたまりかねて前に出た。 グッと引っ張られたので、翼はつんのめりかけた。
「おおっ、おまえ力強くなったなあ」
「エネルギー満タンなんだ。 わるい、由宗クン、もうちょっと速く行こうね」
 敏美は翼からリードを受け取り、早足になった。


 いつもの等々力渓谷に到着したが、話は前のように弾まなかった。 敏美だけでなく翼のほうにも遠慮があって、自然に話せなくなっているようだった。
 その原因がわかったのは、人の少ないところで由宗のリードを伸ばして思う存分遊ばせ、トイレもさせた後、そろそろ帰ろうかという時間になってからだった。
 うねった坂道を登り終え、橋にかかろうかというとき、唐突に翼が声を出した。
「あの、オレ達、友達だよな?」
 その真剣な訊き方に、敏美は思わず顔を上げて、彼と目を合わせた。
「うん。 私はそう思うけど」
「オレもそう思う。 だから」
 パッと翼の手が作務衣の懐に入り、すぐ出てきた。 薄い箱が握られていた。
「これ、受け取って。 誕生日おめでとう」


 敏美は、レースペーパーで包装された箱を一瞬見つめ、またすぐ翼の顔に視線を戻した。
 見ずにはいられなかった。 そんなに気温の高い日ではないのに、彼はこめかみにうっすら汗をかいていた。 そして、真剣そのものの眼差しを敏美にグッと据えていた。
 その表情には覚えがあった。 高校一年生の秋、校舎の裏庭で、付き合ってくれ、と上ずった声で言った二年男子と同じ、必死で勇気を奮い起こして気持ちをわかってもらおうとする緊張感が、ありありと伝わってきた。


 この人は本気なんだ。
 理屈ではなく、敏美は生き物としての勘で悟った。 木元夫人が何を計画しているにしても、翼が敏美自身に好意を抱いているのは明らかだった。
 それがあまり嬉しかったので、敏美は知らず知らずのうちに笑顔になっていた。 自然に口からこぼれた礼の言葉にも、優しい艶があった。

「ありがとう。 わざわざ用意してくれて」
 全体的に力んでいた彼の体から、ふっと緊張が抜けた。
「開けてみなよ。 気にいらないかもしれないけど」
「じゃ、ちょっとこれ持っててくれる?」
 由宗の自在リードを翼に渡すと、敏美はきれいな包装紙を破らないように注意して、そっと外した。









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