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夏は謎  -31- 反応せず




 いったい何?


 こそこそ見られて、敏美はいらついた。 自分でも意外なほど腹が立った。 たぶん、ここ数日溜まっていたモヤモヤが、一挙に噴き出したのだろう。
 敏美は唇をキリッと結ぶと、大股で竹林に向かって歩き出した。 ここは私有地だ。 誰かが勝手に入り込んでいるのなら、遠慮なく大声で文句を言ってやろうと思った。


 竹林までは十五メートルほどだった。
 低い垣の前まで来て、腰を曲げて内側を覗いたが、人の姿はまったくなかった。 竹やぶには雑草が生えない。 だから端から端まで見渡せるのに、黒い頭を出していた人物は、影も形も見えなかった。
 では、ピコピコ見えていた黒い頭は、気のせいだったとでもいうのだろうか。 更にいらいらして口を尖らせたとき、左の塀に裏木戸がついているのに、初めて気づいた。 繁った蔦と長年の汚れのせいで、ほとんど塀と同化していたため、わからなかったのだが、今は五センチほど隙間があいていた。
 なるほど、と、敏美は納得した。 低い垣の後ろをカニのように這っていって、木戸をこっそり開けて表に逃げたんだ。
 敏美はつかつかと裏木戸まで歩き、きっちり閉めて、庭側に取り付けてある留め金を下ろした。 こうすれば、もうここから入ってこられないはずだ。


 覗いていたのは別の泥棒だろうか。 前に入り込んでいた男の子は、まだ入院しているはずなのだ。
 広い家は管理が大変だ、と、敏美は今さらのように思った。 できれば翼の君が一緒に住んであげればいいのだが。
 ちらっと見えたあの黒い頭は、確かに存在していたようだ。 別の不良少年だろうか、と敏美が考えていると、玄関が開いて由宗と翼が出てきた。
「あれ、どこ行った? 敏……ああ、そこで何してんの?」
 急いで戻りながら、敏美は説明した。
「今、この石垣の裏に誰かいたの。 頭の先が見えたんだけど、すぐ行って探したのにいなかった。 こう通ってあの木戸から逃げたらしい」
「また泥棒か?」
 翼は犬を引っ張って、竹林のほうにやってきた。
「ほら、由宗。 匂いを嗅ぎな。 侵入者だぞ」
 由宗は、気のない素振りで垣に引っ張り寄せられたが、おざなりにちょっと鼻を寄せただけで、すぐ期待に満ちた目で二人を見上げた。
 翼は溜息をついた。
「こいつ、今は駄目だわ。 散歩のことで頭が一杯だ」
 だが、敏美は落ち着きはらった犬を観察し、疑問に思った。 由宗は確かに穏やかすぎて、あまり番犬にはならない。 でも、頭はいい犬だ。 子供の泥棒が二階に忍び込んだとき、何度も階段を上り下りして、鼻を鳴らして知らせていたそうだ。 吠えなかったのは、近所に住む少年と顔見知りで、かわいがられていたためだが、それでもこっそり家に入ってくるのは悪いことだとわかっていたのだ。
 その由宗が、怪しい侵入者の匂いをまるで気にしないのは、どこか不自然な感じがした。











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