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夏は謎  -28- 誕生日に





 電話の向こうで、翼が息を呑むのが聞こえた。
「えー、そうなの? えーと、六月二十日?」
「そう」
「家でバースデイパーティーしてもらえるの?」
 敏美は焦って、相手に見えないのに首を激しく横に振った。
「いや、そんな大げさなもんじゃない」
「でもやるんだ」
「まあ、ちょこっとケーキ買うぐらいは」
「そうかー。 じゃ、早めに言っとくよ。 誕生日おめでとう」
「ありがとう……」
 気づまりを隠しきれず、敏美の声が低くなった。
 ぎこちない沈黙が後に続いた。
 それから、翼が決心を固めたように言い出した。
「やっぱ、このまま電話切ると、それっきりになりそうでイヤだ。 日曜にグーちゃんの家へ行くよ。 話したいことがあるんだ」


 話したいこと……
 佐貴子さんと怒鳴りあっていた、あのことだろうか。
 敏美は息を吸い込んで、できるだけ自然に答えた。
「じゃ、そのとき又ね」
「うん」
 彼の返事が弾んで聞こえたのは、耳のせいだろうか。
 複雑な気持ちで携帯をしまいながらも、敏美は心のどこかが明るくなってきているのを感じた。
 彼とグーちゃんの口ゲンカは、あのとき想像したのとは違う意味を持っていたのかもしれない。 聞いたのは一部分だけだ。 前後関係がわからないうちに悪意だと結論付けたのは、もしかすると勘違いだったかも。
 日曜に会って話を聞けば、きっとわかる。 それまで深読みしないようにしよう、と敏美は決心して、前より軽い足取りで二階に上がっていった。


 翌日の土曜日は、朝から雨が降ったり止んだりの、はっきりしない天候だった。
 それでも、実家の母はいろんな種類のショートケーキを大皿に山盛りにして用意してくれていたし、祖母は複雑な開け方をする秘密の物入れをわざわざ取り寄せて、プレゼントしてくれた。
 父の贈り物は、最新式の電子辞書だった。 日ごろ気配りのない弟までが、マスコットのついたキーホルダーを用意していて、敏美を驚かせた。
 もっとも、そのマスコットがとんでもなく不細工だったので、袋から出した瞬間にたじたじとなったが。
「これ何?」
 ラグビーボールのような頭についた細い糸のような眼とニョキッと生えた出っ歯から目を離せずに、敏美が訊くと、勇吾は満面の笑顔で答えた。
「ウサギたんだよ。 うさぎ年だろ? あー可哀想に、敏ちゃんそっくりなの選んだのに、これ何、だって。 嫌そーに」











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背景:月の歯車
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