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夏は謎  -27- 彼の電話





 電話を取り出す前から、だいたいわかっていた。
 翼からだ。
 念のため発信人を画面で確かめた。 やはりそうだった。
 複雑な気持ちで耳にあてると、受話器を通していくらかソフトになった翼の声が聞こえた。
「あ、木元だけど、話して大丈夫?」
「うん。 今帰ってきたとこ」
「そう。 お疲れ〜」
 ほんとだよ、足だけじゃなく気までつかっちゃって、なんかフラフラする──そう答えたいのを押さえて、敏美はゆっくり階段を上がった。 部屋は二階にあるのだ。
「あの、最初にあやまっとく。 オレ、明日仕事あった。 来週と勘違いしてて」
 スッと冷たい風が首筋に当たったような感じがして、敏美は白けた。 仕事なんて口実だと思った。 誘ったり断ったり、度胸が据わってない。 グーちゃんのあやつり人形になるのがイヤなら、初めから言い出さなければいいんだ。
「わかった。 じゃ会社がんばって」
 そう言い置いて電話を耳から離したが、息せき切った声が続いて響いた。
「こっちのミスで、ほんとすまない。 で、考えたんだけど、どこか行きたいところない? 誰かのコンサートとか。 がんばってチケット取るから」
「ああ……今のところ、ないなあ」
 敏美は真面目に答えた。
「趣味がなくて悪いんだけど」
「君があやまることない」
 翼の声から元気が失せた。
 もやもやを抱えながらも、元来優しい性質の敏美はそのまま切ることができず、フォローを入れた。
「そんなに気にしないで。 またいつか、休みが一緒になったらね」
 電話の向こうは、一瞬沈黙した。
 それから言った。
「またいつかって、もうないってことだろ?」


 今度は敏美が絶句する番だった。
 困って次の言葉を言えないでいると、翼は小さな溜息と共に続けた。
「オレって、こういうことをズバズバ口に出すから駄目なんだよな。
 小学校から翼ヤーンだもんな」
 その仇名の由来を思い出して、敏美は思わず顔がゆるんだ。
「別にそうは言ってないよ」
 とたんに相手は元気づいた。
「じゃ、リセットする? 次の週の土曜なら絶対大丈夫、だと思うんだ」
 敏美はためらった。
「え〜と、その日は……」
「先約あり?」
「というか」
 打ち明けていいものか、悩みながらも、敏美は低い声で告げた。
「私の誕生日で」










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