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夏は謎  -25- 依頼確認





 いつもの巡回を終えた後、敏美は五時半に店へ戻った。
 青とオレンジのシェードをくぐり、ネコと犬がダンスしているイラストがかわいいガラス戸を開くと、受け付けのデスクにもたれて話し合っていた女性二人が振り向き、ほぼ同時に手を上げて挨拶した。
「お帰り!」
「お疲れ〜!」
 五時まで受け付け担当の並木恵似子〔なみき えいこ〕と、八時までのパートさん鈴川〔すずかわ〕ひろみだった。 年齢は十年ほど違うが仲良しなので、引継ぎついでに世間話をしていたらしい。
 いつもなら敏美も加わって少ししゃべっていくのだが、今日は急がなければならない用事があった。 敏美は二人に手を振り返すと尋ねた。
「山賀〔やまが〕さん、いる?」
 並木が、思い出そうとして上を向いた。
「えーと、確かいるよ。 事務室か倉庫で、さっき見た」
「ありがと。 じゃ、探してみるわ」
「スケジュール調整?」
 鈴川が訊いたが、そのとき電話が鳴ったのですぐ出て、敏美は質問に答えないですんだ。


 山賀主任は、帰り支度をしてデスクの引き出しに鍵をかけているところだった。 彼は妻を事故で失って一人娘を育てていて、金曜日は必ず六時前に帰るという了解を取っていた。
 間に合った、と思いながら、敏美は彼の背中に呼びかけた。
「主任」
「はい、何?」
 山賀はすぐ振り向いた。 時間がないから、敏美は前置きなしでズバリと尋ねた。
「あの、二ヶ月前からのお客様で木元さんていうんですが」
「木元?」
「はい。 七十歳代の方なんですけど、ここへ申し込むとき、私を特に指名しました?」


 山賀は少しの間無反応だった。
 そのうち、名前を思い出したらしく、大きく頷いた。
「ああ、そういえば名指しで、菅原さんにしてくださいと言ってたな。 そうそう、本人には知らせるな、とも言ってた。 妙なお客さんだと思ったんだ」
 それから山賀は心配そうな顔になった。
「君の応援団じゃないの? なんか嫌なことされた?」
「ちがいます」
 敏美は慌てて答えた。
「不満があるとか、そういうんじゃないんです。 ただ、ここに申し込む前から私のこと知ってたみたいなんで」
「確かにそうだな。 身に覚えは?」
「ぜんぜん」
「動物好きな友達から、君のこと推薦されたんじゃない? いいことだ。 店の宣伝にもなるし」
 山賀は勝手に結論をつけて、黒いショルダーバッグに手を伸ばした。










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